Trick but Treat 2
Trick but Treat 2








風呂に入り、バスタブに湯を溜めながら洗面所の鏡に目を遣る。
もう一度自分の胸を見たが、間違いなく膨らんでいた。
股間も……少し調べてみたが、どうやら本当に女性器が出来ているようだ。

普段なら、医学界の大発見なので興奮もするだろうし、
何とか戻る方法はないものかと焦りもするだろうが。

今は、Lを殺せるかどうか、ある意味自分の生死の境でもある。
また、この変化がデスノートと関係が無いとも言い切れないので、
専門家に調べさせるのも躊躇われた。

仕方ない……取り敢えずは、竜崎が死ぬまではただ静観するしかない。

その時、バスルームのドアの外で気配がした。

慌ててバスタブに飛び込むと、がちゃりとドアが開いて竜崎が顔を出す。


「すみません。やっぱり早く入りたいんで……良いですか?」

「駄目に決まってるだろう!」

「何故ですか?」

「僕の体が……、女だからだ!」


言いたくない事を言わされて、苛々する。
全く、何を考えているんだ!


「しかしあなたは元々男性ですよね?」

「ああ。知ってるだろ」

「という事は、その体は仮の体であって、あなたの体ではない。
 見られても問題ないのでは?」

「……」


なるほど。自分の部屋に置いてある図書館の本を、遊びに来た友人が
ぺらぺらと捲っても怒る程の事ではない。

が。


「そういう問題じゃないだろ!」

「ならばどういう問題なのですか?」

「嫌なんだ。生理的に!」

「……」


今度は竜崎が口を噤み、指を咥えた。


「その非論理的な右脳発言……頭の中まで女性的になってしまったのですか?」

「さあね。でも嫌な物は嫌だ」

「しかし」

「それ以上入って来たら水掛けるぞ」


竜崎は不承不承顔を引っ込めて、ドアを閉めた。

しかし……「嫌な物は嫌だ」というのは、確かに極めて非論理的で頭の悪そうな物言いだ。
感情論なので反論しようがないし、今までそんな事を口にした事はない。

だが、だからこそ最強の言葉とも言える。
普段ならみっともなくて使えないが……今の僕は女性だから良いか、と思ってしまった。

僕とした事が、相当切羽詰まっているらしい。
だが女性であるという事を最大限に利用する、という経験もしてみるものだとも思った。


バスタブから出ても用心深く体にバスタオルを巻き、新しいパジャマに着替えて
髪を拭きながら外に出る。
あんなに風呂に入りたがっていた竜崎は、じろじろと僕を見た後、
嫌々と言った様子でバスルームに入った。




「では寝ましょう」


いつも通り僕が竜崎の髪を乾かしてやり、PCをスリープさせると、
竜崎は珍しく先にベッドに入った。

今までは鎖に繋がれていたのだから、片方がベッドに入れば
否応なしにもう一人も入らざるを得なかったが……。
大概は、規則正しく暮らしたい僕が就寝を提案していた。


「……」


一緒に寝るのか、と確認したくなるが。
竜崎がはっきりと僕には欲情しないと言っている以上、
まるで自意識過剰な女性のように聞こえてしまうだろう。

だから僕は肩だけ竦めて、いつも通り竜崎の左側に横たわった。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


鎖から開放されて、寝やすい筈なのに妙に落ち着かない。
初めて竜崎と寝た日の事を思い出した。

広いベッドの上。
夫婦よろしく並んで天井を見上げて。
竜崎はすぐに体を丸めて向こうを向いたので、僕も反対を向いた。

左手首から首の上を通過した冷たい鎖が不快で、腰の辺りに動かしたが
その僅かな重みがやけに気になって。
寝返りを打とうとしたら、自分の体の下に鎖が入り込んで不快で。

鎖を引いて竜崎の方に体を向けて横になると、いつの間にか竜崎もこちらを向いて
闇の中、僕を凝視していた。

結局二人とも鎖が自分の体の上を通過するのが耐えられなかったらしい。
僕達は、向かい合って寝る習慣になり、竜崎は右を下にして、僕は左を下にして
寝る癖がついた。


『仲良さそうだね、僕達』

『Lとキラですけどね』

『……』


当時は自分がキラだという記憶がなかったから相当嫌な思いもしたが
今と比べればマシ、という気もする。

癖でつい竜崎の方に体を向けて寝たが。
目を閉じていても、竜崎がまんじりともせずに僕を見つめているのが
ありありと分かった。

数分耐えた時、


「……夜神くん」


竜崎の出した低い声が、やけに大きく響いた。


「何」


目を開けると、竜崎の骨張った手が、こちらに迫ってきていた。
黙って見ていると、体ごとこちらにずれて来る。

こいつ……!

手錠で繋がれていた間は、真ん中に丸めてまとめた鎖の塊は、
決して越えて来なかったし僕も越えなかった。
その必要もなかった。
同じベッドに寝ていても、そこには仕切りがあった。

だが。

今、竜崎は事も無げに中心線を越え、僕に体を寄せて来る。


「キラに、」

「……」

「容疑者の女性に、その気になる事はないんじゃなかったのか」






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