Trick but Treat 1
Trick but Treat 1








自分の頬からどんどん血の気が引いて行くのが分かる。
目の前に迫ってくる竜崎の目が、まるでブラックホールのように思えた。


「りゅ……」

「夜神くん」

「な、んだ?」


喧嘩は互角のつもりだったが、今となっては力で争えば負ける……。
いや、性差はあれ、体格はさほど変わらないんだから善戦は出来るか?
……無理だな。
筋肉の質が違う……筈。

金的を思い切り攻撃したら勝てるか。
人としてやってはいけない事のような気もするが、これは、正当防衛だ。
そうなったら少なくとも捜査本部の人間には僕の体の変化を知られるが、
このまま竜崎にヤられるよりはマシだ。

キラとしては、どうだろう?
捜査本部の人間に……知られたら。

キラ捜査と、前代未聞の体質変換。
どちらもお互いに、「それどころではない」といった重大な事態だから、
取り敢えず捜査から外れるようには言われるだろうな。

それどころか、こんな異常な事になったのは、異常な犯罪……
デスノートを使った殺人を行ったせいかも知れない、と疑われても仕方ない。

不味い、それは不味い。
竜崎が僕を襲うのを中断せざるを得ない、しかし他人に言う程ではない、
という加減で睾丸を蹴らなければ。

出来るか?やるしかない!


などと二秒ほどで考え、足に力を入れようとした瞬間、
竜崎の口の両端が不意に吊り上がった。


「あなたが本気で焦った顔をしているのを、初めて見ました」


そう言って顔が遠ざかっていく。


「な……」

「すみません」

「ふざけたのか」

「あなたが先に私を揶揄ったんです」

「何が!」


竜崎はまた肘掛けの上に立ち上がり、とん、と猫のように身軽に
床に降り立って僕を振り向いた。


「こういう、前例のない症状が現れた事を隠して私の考えを話させ、
 私の間違いを私に突きつけたでしょう?」

「……」

「私だって間違えます。人間ですから。
 不可避な間違いを指摘されたら、腹も立ちます。人間ですから」


馬鹿馬鹿しい。八つ当たりも良い所だ。

だが、僕だって訳の分からない体の変化に、少し八つ当たりをしたかも知れない。
いずれにせよ、ここで竜崎との関係に亀裂が入るのは不味いだろう。


「そうだな……悪かった」


仕方なく頭を下げると、竜崎はいつもの何を考えているか分からない目で
親指の爪を噛んだ。


「さっき言った事は本当です。
 容疑者の女性と関係を持つ事はあり得ません」

「ああ」

「あなたが元男性ではなく、今日初めて会った女性だとしても、です。
 キラである可能性が自分の中に少しでも残っていれば、その気にはなれません」

「分かってるって!くどいな」

「と思いましたが敢えて言いました。
 あなたの監視を続けて良いという事は、同じ部屋で寝るんですよね?」

「……」


確かに。
その方が僕にとっても都合が良いが、手を出される危険性もあったか……。
まあこの様子ならまず大丈夫だろう。


「よろしく頼むよ」


手を差し出すと、竜崎は少し歯を剥き出して笑顔のような顔をした。





差し向かいで夕食を食べながら、竜崎に死神への尋問の様子を聞く。


「『死神との取引』の内容は、何度聞いても教えてくれません」

「なるほど……しかし顔を見ただけで殺せる便利な目が手に入るんだ。
 その対価は死神にとって余程メリットがある事なんだろうな」

「どうでしょう。そもそも殺人ノートを人間に与えて、何のメリットがあるのか、
 という話になりますし」

「だからそれは、与えたのではなく、偶々人間界に落としたのを
 火口が拾った、と言ってなかったか?」

「だとしたら!」


竜崎が振り上げたフォークから、タルトの梨が飛んでいく。
少し離れた床にぽとりと落ちたが竜崎は頓着しない。
きっとまた、僕達が部屋を開けた隙にいつの間にか綺麗になっているのだろう。


「この世に二冊以上殺人ノートがあるのがおかしい。
 人間向けのルールだの、人間相手の取引だのの存在が矛盾しています」

「う〜ん……」


当たり前だ。
デスノートを人間界に落とすのは、死神の退屈しのぎなんだから。

まあおまえなら、その位考えつくだろうな。
だが。
人間が死神に、嘘のルールを書き加えさせる事は思いつかない。
思いついても、それを検証する事は出来ない。

僕の目を盗んでは、ね。


「その辺り、明日もう一度尋問してみます」

「そうだな」


竜崎は甘いジュースの入ったコップを置き、床に足を下ろした。


「では、お風呂に入って寝ますか」

「ああ」

「行きましょう」


僕に向かって言うのに、苦笑を返す。


「もう手錠で繋がってないんだから、別々で良いんだよ」

「そうでした」


竜崎は恥じた様子も照れも見せず、お先にどうぞ、と掌を上に向けた。
珍しい事だ。


「ははは。レディ・ファーストか?」

「はい。レディ・ファーストです」

「……」


何だか……不気味だな。
レディ・ファーストなどという言葉が竜崎から出てくるのが気味が悪い。
僕をレディと思っている訳でもあるまいに。






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