Trick and Treat 5 「どうですか?」 「どうもこうも。いい気分はしないけど」 「そうですか。では続けますので、濡れたら教えて下さいね」 「はあ?別にそんな事にはならないと思うけど?!」 「それならそれで、その結果を教えて下さい」 竜崎はしれっと言って、だんだん身体を近づけてくる。 ただ……これが、はぁはぁと息を切らした変態親父なら嫌だろうが、竜崎にはまるで性的な雰囲気が感じられなくて、そういう意味では嫌ではなかった。 物理的な狭さ以外の不快感はないというか。 「ちょっと……近すぎないか」 「濡れました?」 「いや」 「なら、もう少し」 胸と胸が触れる。 柔らかい肉が、押し潰される……。 目の前に顔が来た事に耐えられず、顔を逸らすと竜崎は僕の首に自分の頬や鼻を押しつけた。 冷たい……。 「そろそろ、本当に嫌だから止めて欲しい」 「キスは、していいですか?」 「は?何言ってるんだ?僕にキスしたいのか?」 「いいえ。私自身はしたくありませんが、実験の一環として」 「断る」 「分かりました」 即答えて、竜崎は鼻先を僕の耳に押しつけると、今度はゆっくりと。 「……どういうつもりだ」 「実験です」 僕の胸に片手で触れ、指に少しづつ力を込める。 これって……。 ……そういう、事か。 実験にかこつけて、僕の、女の身体に触りたいだけか。 「欲求不満?」 だから僕は不意打ちで目の前にあった竜崎の耳に囁き、ジーンズの前を掴む。 「……!」 だが予想に反してそこは、柔らかいままだった。 「大した物だな、竜崎」 思わずニヤッと笑って言うと、竜崎も身体を離して口の両端を持ち上げる。 「言ったでしょう?容疑者には私は欲情しない」 「そう。いつまで続けるんだ、これ」 「あなたが濡れるまで」 「ならベッドにでも行くか?」 「その前に確認させて下さい」 竜崎が突然、当たり前のように僕のパジャマのパンツの中に手を入れようとするので、反射的にはたき落とす。 「痛いです……」 「だから!言っただろう、例え本当の身体じゃなくても、今は僕の身体だ! 嫌な物は嫌なんだ。僕が許可していないのに触るな」 竜崎は腑に落ちないような顔をしていたが、やがてぼそぼそと「すみません」と小さな声で謝った。 「で。本当に濡れていないんですか?」 「多分ね」 「多分?トイレで確認して来て下さい」 「竜崎」 今度は僕から、竜崎の肩を掴んだ。 「最近気付いたんだが」 「はい?」 「あそこは、常に少し濡れている」 「……そ、そうなんですか?」 「ああ。しかし考えてみれば不思議な事でもない。 肛門や尿道のように、内側と外側の境目がはっきりしている訳じゃないから、少し濡れていないと粘膜が痛いよな」 「なるほど……身近な事でも、知らない事ってあるんですね……」 「そう。だからおまえがもしそこに触っても、『少し濡れている』と感じると思う。 それがおまえの刺激による物か、元々なのか、判別は難しいんじゃないかな」 竜崎は目を見開いたまま、勢いよく親指の爪を囓っていた。 「羨ましいです夜神くん」 「何が」 「女性の身体を、身をもって思うさま調べられる機会なんて、普通の男には訪れませんから」 「おまえね……そんな機会訪れない方が良いに決まってるだろ」 「そうですか?残念です……何故私が女性にならなかったんでしょうね」 本当に。 それなら、どれだけ良かったか。 と言っても、女の竜崎が隣に寝ている状況なんてゾッとしないが。 「しかしまあ、とにかく私はあなたの身体を治す為に尽力している訳です。 ですからその身体の所有権は半分私、という事にしてくれませんか?」 「確かにこれは完全に僕の身体とは言い難いけれど」 竜崎に好きなように触り回られるのはちょっと。 いや……待てよ? 女の身体に触れて、判断力が落ちている竜崎……を、見る事が出来れば。 何かLの弱みに触れる事は出来ないか? そうだ、これまでも利用出来る物は何でも利用して生きてきた。 今このタイミングで僕の身体が女になったというのは、これを利用して竜崎を取り込めという天の采配なのではないか? 「……いいよ。まあ現在の状況から言えば、僕はおまえにだいぶ庇って貰ってるからな。 ある程度は好きなように実験とやらをさせてやる。 何なら、試してみる?」 「試し……いえ、それだけは」 竜崎は両手を挙げて仰け反り、「E」の口をした。 こいつ、こんなに戯ける奴だったか? 「なら、後でベッドで続きをする?」 「お願いします」 「というか、そういう興味があったのなら、ミサに頼めば良かったのに」 「ご冗談を。いくら私でもさすがに女性にこんな事頼めませんよ」 「僕だって今は女性だけど?」 竜崎は猫背の背中をいっそう丸めて人差し指を咥えた。 「その、あなたは精神が男性ですし。 女性は、ミサさんに限らず身体に興味を持つとその人自身に興味があると誤解されるので困ります」 「何気に酷い事言ってるね」 「ついでに言うと、身体に興味を持っただけでセックスしたがっていると思われるのも不本意ですし」 「ああ、それは世の男性は大半そうだから仕方ないと言えば仕方ない……でも僕は誤解しないから安心してくれ」 「助かります夜神くん」 僕は肩を竦めて、デスクに戻った。 「続きは昼食の後でいいですか?」 「……ああ。いいよ」
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