Trick and Treat 4
Trick and Treat 4








翌朝、先に目覚めたのは僕だった。
寝不足だが、気分は悪くない。

隣では竜崎が、こちらに身体を向けて丸まって寝ている。
起こそうかどうしようか少し考えた後、もう手錠がないのだから自由にベッドから出て良いんだと気付いた所で竜崎がぱちりと目を開けた。


「おはよう」

「おはよう……ございます」


何故か不思議な物を見る眼で僕を見つめた後、ゆっくりと肘を突いて上体を起こす。


「どうした?」

「……」


無言で片膝を立て、少しぼんやりと窓の方を見る。


「竜崎?」

「……あなたが正直に言ってくれたので私も言いますが」

「え?何の話?」

「勃起しました」

「……はぁ?!」


毛布が捲られると、ジーンズの立てた膝と膝の間に、一部尖った場所が。


「おまえ……今までそんな事なかったじゃないか!」

「そうですね。あなたは時折ありましたけどね」


確かに……手錠で繋がれて生活していた数十日。
自慰もままならず、朝立ちした事があったがそれはともかく。


「やはり僕を、そういう目で、」

「見てません」

「ならなぜこのタイミングで勃つんだよ」

「恐らく、キラ事件が小休止を迎えて、数十日ぶりに精神に余裕が出て来たからかと」


なるほど。
起き抜けぼんやりしていたのは、ここまでの理屈を考えていた時間だったか。


「手錠で繋がれていた間も、大概弛緩しているように見えたけどね」

「そのように見えましたか。
 でも私は、二十四時間絶えず緊張していましたよ?」

「……」

「でも今は、あなたは私を殺す訳には行かないという状況ですし。
 自分でも気付かない間に緊張の糸が切れていたようです」

「男に戻っても殺さないよ……キラじゃないし」


最早不毛な会話を繰り返し、竜崎の一点を見つめる。
今まで、男性を意識させる部分がほとんどなかったので、かなり違和感があった。


「で、どうするのそれ」

「暫くすれば治まります」

「別に、手錠で繋がれてないんだからちょっとバスルームで出して来たら?」

「いえ。いいです」


男を意識した事がなかっただけに、竜崎とこういった男同士の会話をした事はない。
勿論猥談もないので、彼が性的な事に関してどういうスタンスなのか、僕は未だに知らなかった。

それで現在のような状況が、余計に気不味いわけだが……。


「女が隣で寝ているだけで、それがどんな相手でも勃つのかな?」


空気を紛らわせる為に冗談めかして言うと、竜崎はじろりとこちらを見た。


「それは、あなたも元男なんですから。どうです?」

「あー……親族では当然勃たないし、好みから極端に離れている相手だと、何ともないかな」

「ほう。あなたはそうなんですか」

「おまえはどうなんだよ」

「分かりませんね……あなたに対して欲情する事は有り得ないと自覚しているのですが、潜在意識の部分は自分で把握出来ません」

「……」


うわ……自分で何を言っているのか分かってるのか。
いつ僕に襲いかかるか分からない、という事じゃないのか?それは。


「ですから、万が一にもあり得ませんからね?」

「あ、ごめん。ひいた顔してた?」

「ええ、それはあからさまに。
 万が一、というのは、私の脳が突然退化して爬虫類並になってしまい、隣に異性がいる、という事以外何も分からなくなるような場合の事です。
 分かります?」

「ああ。何だかややこしい理屈を並べなければならない程、おまえが自分に自信がない、という事は分かったよ」

「……」


竜崎は本当に爬虫類が威嚇するように顔を顰めて見せた後、起き上がった。
もう股間は、治まっていた。




部屋で朝食を摂り、PCで作業をしていると、不意に後ろから肩を掴まれる。


「何?」

「……」

「何か用があったんじゃないのか?」


振り向くと竜崎は手を引っ込めて口元に遣り、人差し指を囓りながらニッと笑った。


「いえ。以前こんな風に肩に触れた時と、反応が違うかどうか観察させて貰いました」


「はぁ……で?」

「同じですね。触れた事に対して、何のリアクションもない」

「それは、用があるんだと思って気になったから」

「では、これは?」


今度はもっと近づき、デスクの上にあった僕の手に自分の手を重ねる。


「やめろよ、気持ち悪いな」

「やっと反応がありましたね」


竜崎の指は、少し暖かくて少し堅い。
まるで骨のようだ。


「では、」

「ちょっと待てよ!何だよこれは」

「実験です」

「じ、実験?!」


元々擦れていた声が、裏返る。
このまま女性の声になりそうで少し不安になった。


「はい。あなたがどこまで女性化しているのか、男性であった時と何が変わったのか調査したいと思いまして」

「何の為に」

「あなたを男性に戻すのに、役に立つデータが手に入るかも知れません」

「嘘吐け。おまえの個人的な興味だろ」

「それもありますが」


馬鹿馬鹿しい。
何で僕が竜崎に、Lにセクハラされなければならないんだ。


「そんな実験がしたいのなら、男の僕でも惚れるようなイケメンを連れて来いよ」

「それは可能ですが、それでは単にあなたの『男性としての』嗜好が変わる可能性もありますし。
 それに良いんですか?他の人に女性であるあなたを見られて」

「……嘘だよ。冗談だ。下らない事を考えるな」

「しかしキラ事件に集中する為には、まずあなたの身体の問題を解決しなければならないのも事実です」

「それは、そうだけど……」


言葉を濁すと、竜崎が僕の手をぎゅっと握ってきたので、僕は思わず立ち上がって身体を引いた。
竜崎は手を離してくれない。


「やっぱり、気持ち悪い」

「それは、『男同士で気持ち悪い』ですか?
 それとも、『興味のない異性に触れられている気持ち悪さ』ですか?」

「あー……前者、かな?」

「夜神くん、逃げないで下さい」


僕が思わず後ずさると、竜崎も手を握ったまま着いてくる。


「何も協力したくない、でも問題は解決して欲しいという態度はどうかと思います」

「……分かった。さっきの仕返しだな?
 僕がおまえが自信がないとか言ったから」

「ああ、ややこしい理屈を捏ねなければならない程私は自分に自信がないんでしたっけ?
 そんな事ありませんよ、私にとってあなたは『キラ容疑者』という第三の性と言っていい。
 それ以前に女性である現在の身体はあなた本来の身体ではありません。
 本来の身体を取り戻す為には、現在の身体の多少の気持ち悪さは我慢して下さい。
 あなたの身体ではないのですから」

「分かったよ……」


長舌と屁理屈の連打にうんざりして頷くと、竜崎は片手を繋いだまま、もう一方の手で僕を壁に押しつけた。
壁に手を突いて、僕を閉じ込めたまま無表情で首を傾げる。
カマキリを思い出した。






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