Trick and Treat 3
Trick and Treat 3








どろりとした熱に、ある事に気付いて飛び起きる。
隣で竜崎も目を開いて不審げにこちらを見ていたが、気にしている余裕は無かった。
慌ててバスルームに行く。

下着を下ろして見たが、そこには予想された色はついていなかった。
その代わり、有り得ない場所、中心が軽く尿を漏らしたように少し湿っている。
僕は溜め息を吐いてボクサーパンツを替え、ベッドルームに戻った。


「どうしたんですか?」

「いや……」


あまり深く考えたくはないが……。
自分の身体の中……つまり膣らしい穴の奥。
が、一体どうなっているのか。
今まで目を逸らして来たが、もし奥に子宮や卵巣があるとしたら。


「何か変化が?」

「いや、無いんだけど、生」

「せい?」


どうだろう。いや、無理だろう生物学的に。
だが、たった二時間で性別が変わるのも間違いなく「無理」だ。
ノートに名前を書いただけで相手を殺せるなどという事も。


「身体に関する事でしたら、隠し事はしないで下さい。
 学者への問い合わせの内容も変わってきます」

「……生理が、月経が来たらどうしようかと思って」

「……」


竜崎もさすがに虚を突かれたように黙ったが、すぐに小さく首を傾げた。


「私は女性になった事がないのでこれは想像に過ぎませんが」

「何」

「今あなたがそれを言い出したという事は、膣から何かが出て来たような感触があったわけですか?」

「……」

「『来たらどうしよう』という事は、月経はまだ来ていない。
 つまり……」


こいつは元々浮き世離れした奴だが。
絶対にモテないだろうな、と思った。


「その……濡れました?」

「……」

「いえ、欲情しただろうとかそういう事は言いません、私女性になった事ないですから」

「……言ってるだろう」

「ではなくて。あなたの様子から、恐らく本当に膣らしき物が形成されているのだろうという事が推測出来たという事です。
 そしてそれが、形ばかりの物ではなく、本物として機能している可能性が高いことも」

「おまえ、まだ僕が男だと疑ってたのか!」

「数時間で女性化するホルモン剤がないか探しましたが、調べられる範囲ではありませんでした」


僕は目眩がしてベッドに座り込んだ。
全く、こいつの疑い深さは、常識の範疇を遙かに超えるな。


「月経が来た場合の対処としては、普通に女性のように対応するしかないですね。
 sanitary pads を秘密裏に用意させておきます」

「……ありがとう」


考えてみれば、生理が来たら竜崎に触らせなくても本当に女性化していると証明出来る。
自分の身体の中から大量の血が流れるというのは想像すると恐ろしいが。
世の女性達が当たり前に受け入れている事なのだから、僕にも可能だろう。
そう思えば悪いことだけでもない。


「しかし、潤滑液が出て来たという事は、普通に女性として男性を受け入れる事が可能だという事ですね」

「は?」

「男性が隣で寝ているだけで、それがどんな相手であっても濡れる物なんですかね、女性の身体って」

「そんなわけないだろう!」

「なら私に欲情したんですか?」

「そんなわけ、ないだろう!」


思わず拳を握ったが、そう言えば今はこいつに力では勝てないんだった、と気付いて歯ぎしりをする。
竜崎は僕の様子に気付いてるのかいないのか、ベッドの上で身体を丸めて指を咥えた。


「悪く取らないで下さい。今まであまり女性に興味がなかったのですが、この期に及んで出て来ただけです」

「……『女性』じゃなくて、『女性の生理』だろう」

「ああ、そうですね。知ろうと思ってもなかなかその機会のなかった事ですから」

「分かるよ。僕だってこんな事がなければ関心はなかった」

「ですよね。まあ、今日は寝ますか」

「ああ」


竜崎は毛布を引き寄せかけて、少し止まった。
僕が「どうした」と視線で問いかけると、


「……その、下着を汚してしまうというのなら、私はソファで寝ます」

「いい!大丈夫だ!」

「私には気を使わないで下さい。椅子で寝るの慣れてますし」

「だから別に気を使ってないし。僕が構わないって言ってるんだから構わない」

「はあ……そうですか」


竜崎は生気の無い目で言うと、今度こそ何の頓着もなく毛布を被った。
僕は少し躊躇った後、その隣に潜り込む。

すぐに聞こえてきた寝息が、いつもより煩く感じる。
首を隣に向けてその横顔を眺める。

枕の上に散った黒い硬そうな髪も、少し尖ったその鼻先も、だらしなく緩んだ唇も、時々小さく動く喉仏も。
いつもと違って見える。

それが自分の変化による物なのか、それとも竜崎自身が変化しているのか。
僕はまんじりともせずに考え続けていた。






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