Trick and Treat 2 部屋に入り、暑かった上着を脱いで伸びをすると、関節が軋む気がした。 「夜神くん……」 「あ、さっきはありがとう」 「何がですか?」 「監視カメラが要らないと言ってくれて。気を使ってくれたんだろ?」 「ええ、まあ。 あなたが女性だと、バレたら困るのは私も同じですし」 竜崎は事も無げに言って、テーブルの上に載ったチョコレートを摘んだ。 「それと……」 「何ですか?」 「十三日のルールが最初から成り立っていないと、本当は気付いていたな?」 そう。 僕がそれを言った時も、竜崎は眉一つ動かさなかった。 そこには驚きも口惜しさも、何もない。 ただ、口の端が僅かに上がったのを、僕は見逃さなかった。 「さあ。どうでしょう」 「もしかして僕が自分でそれを言い出すのを待っていたのか」 「……」 「それは同情なのか?それとも好意?」 今度は、竜崎は驚いたように少し上半身を仰け反らせた。 「やはり右脳発言ですね。 何でもすぐに情とか恋愛に結びつけるのは女性の特徴かと思いますが」 「恋愛とか一言も言ってないだろ!」 「でも。ミサさんに少し似て来ていますよ?」 僕はげんなりする。 恐らく竜崎の挑発なのだろうが、嘘でも言われて嬉しい事ではない。 「まあ、キラ事件を解決するならばあなたの身体の問題を何とかしてからだと私自身も思ってはいるのですが」 「それはそうだ」 「しかしあなたがもしキラだった場合、あなたを男性に戻した途端に消されそうで」 「それをさせない為の監視だろ?」 「そうなんですけどね、中々のジレンマです。 殺される位なら、あなたが女性になった事を公開し、あなたに手を出したと誤解された方がマシかという気もしてきます」 「おい!」 「逆にあなたの立場に立てば、私の力で男性に戻ったら即逮捕される可能性もあるのですから、女性のままでもいいので先に私を消してしまうと言う選択肢もありですよね?」 痛い所を突く……。 それは、僕自身も考えていた事だ。 この性転換の問題と、キラの問題。 どちらを優先すれば良いのか、中々の難問だ。 「……そう思われても仕方ないな。でも、僕はキラじゃないから大丈夫。 それを証明するまで、ずっと側に居てくれ」 「はい。片時も離れず、あなたを見ていますよ」 僕達はしばし見つめ合い、それで少し緊張が解けた。 お互いの目を見て、すぐに決着をつける気が相手にない事が分かったのだろう。 「少し、寝るよ」 「はい」 ベッドに横たわり、掛け布団を掛けると、竜崎もマットレスに膝を突いた。 「私も少し寝る事にします」 「そう」 ぎしっ、とスプリングを揺らし、それなりの質量の体温が隣に入り込んで来る。 沈み揺れるマットレスのせいで自分の身体も小刻みに動いて落ち着かない。 今まで何十日間も当たり前に受け入れて来た生活なのに。 何故か動悸が激しくなった。 漸く僕の隣に身体を横たえた竜崎が、長く息を吐く。 彼もそれなりに緊張していたのかも知れない。 「おやすみ」 「はい。おやすみなさい」 「あ、そうだ」 「……何ですか」 横を向いたが、竜崎は上を向いて目を閉じたままだった。 目を閉じていても目の下は黒い。 「さっき何を言いかけたんだ?」 「さっき?」 「部屋に入ってきた時。おまえが何か言おうとしたのを、僕が遮ってしまった」 「ああ……」 竜崎は薄目を開けて、眼球を僅かにこちらに向けた。 「女性になったのなら、それなりに気を付けてはどうかと言おうとしたのですが、私が気にしなければ問題ない事に気付きました」 「何が?」 「そのパジャマ一枚だと乳首の位置がかなりはっきり透けて見えるのですが、」 「!」 思わず反射的に起き上がり、胸元を腕で隠してしまう。 「……そういう反応をされると思ったので、言わなかったんです」 「見……!……いや、そうか……」 「はい。私自身はあなたに欲情する事は全くないので大丈夫です。 ただあなたが気になるのなら、ブラジャーを届けさせます」 「おまえが変態だと思われるぞ」 「勿論あなた名義で」 僕は思わず枕を掴んで振りかぶり、その姿勢が相手に無防備に胸を曝している事に気付いて弱々しく下ろした。 「……ブラジャーはいらないから、気にしないでくれ」 「はい。分かりました」 竜崎に背を向けて、身体を丸める。 胸に出現した二つの肉塊の間に、谷間が出来たのが感じられた。 僕がただの大学生なら、相当面白く貴重な体験だとは思うが、今はその事に思い悩む余裕もない。 背後に衣擦れと、また長い息が聞こえる。 男の、息だ。 身体の中心から、どろりと熱い何かが流れ出した気がした。
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