魂は千里を走る 1 夜神を背中から抱くと、ひっ、と息を吸う音が聞こえた。 「……やめろよ、竜崎」 『まだ“竜崎”と呼んでくれるのですね……』 「背中が冷たい」 目の前の夜神の背中がぞくりと震え、私は自分が幽霊である事を思い知る。 夜神は「背中が冷たい」で済ませようとしているが、反応を見ると 彼らしくもなく、相当動揺しているようだった。 『怖いんですか?月くん』 「……未知の物が、怖くないと言えば嘘になるな」 『未知?私はLですが』 「“元”、な」 『ああ……、私があなたを呪い殺すとでも?』 「さあね。でも幽霊なんて、信じなければそれで済んでいく気もする。 それに」 『それに?』 「……呪いなんて物が本当にあるのなら、僕はとっくに死んでいる」 『ああ』 夜神月に握り潰された、数多の命。 その中には自分がキラに殺された、と気づいた者もいるだろうし キラを呪いながら死んだ者もあるだろう。 と、言う意味ならば。 ……夜神は、自分がキラだと、自ら白状した事になる。 彼は、晴れている時……つまり先方から私の姿が見えない時、 デスノートにヨツバの幹部の名前を書いていた。 報道された犯罪者の名を、抜け目なくチェックしていた。 そんな事がなくとも、私が死ぬ間際に見せたあの表情。 夜神がキラである事は明白だった。 ……だが。 こうして本人の口からの自白を聞くと、感慨深いものがある。 今更達成感めいた気持ちはないので何も言わないが。 『確かに、私にはあなたの未来を動かす力はありません。 でも、あなた自身に多少の影響を与える事は出来ます』 そう言って腰の前に手を伸ばすと、夜神は布団を撥ねのけて起き上がった。 「冷たいって言ってるだろう!」 『生者だと思って、調子に乗ってますね? あんなに私の腕の中で、悦んでいたのに』 「!……無理矢理、射精させられただけだ」 『でも、男が男に身体を求められて、簡単に応じるっていうのは……』 「勘違いするな竜崎。僕は……おまえに、信用して欲しかっただけだ」 『なるほど。自分自身がキラでないと、信じているからこそ 出来た芸当だと』 「ああ。全く、芸当だよ」 ベッドを降りながら吐き捨てた夜神は、ノートPCを開いた。 暗い部屋だが、モニタの光でその白い顔が青く輝く。 『何をしているんですか?』 「How to repulse a ghost.」 『馬鹿馬鹿しい。 死んだ事のない人間の浅知恵で、幽霊が撃退出来る訳がないでしょう』 「……」 応えず、こちらに一瞥もくれずに夜神は検索を続けた。 やがて。 「……おまえ、地縛霊ってやつだな?」 『……』 「自らが死んだ事を認められない霊魂は、その場所や建物から動けない……とある。 竜崎、おまえ死んでるよ」 『知ってますよ』 「なら成仏したら」 一瞬でベッドから抜け出し、夜神とモニタの間……キーボードの上に顔を突き出すと、 がた、と椅子を倒して二、三歩後ずさった。 目を見開いて私を凝視する、その表情は、生前は見た覚えがないものだ。 思わず、心の中でほくそ笑む。 ……なるほど。 さすがの夜神も、やはり幽霊は怖いのか。 「おまえが行かないのなら、僕がこのビルを出る」 『逃げるんですか?』 「どうせ捜査本部は縮小される一方だし、もっとコンパクトな拠点が必要だと 思ってたんだ」 『あなたが逃げるのは構いませんが、私、このビルから出られますよ?』 「試してみるか」 『良いですけどね。“魂は千里を走る”んですよ』 「……」 「菊花の約」の話を思い出したのだろう、夜神は微かに眉を寄せた。 「ならば、“母上に孝行を”と言って消えたらどうだ」 『とっくに親不孝この上ない癖に』 「明日、霊媒師か拝み屋を呼んで祓って貰う」 『つれませんね。そんなもの効くと思ってるんですか?』 「やってみなければ分からないだろう」 『はい。私にも分かりません。推理材料がありませんから』 「でも、」と言いながら更に顔を寄せると、同じだけの距離、後ずさる。 それが夜神だと思うと、面白かった。 『大人しく言う事を聞いてくれたら、“N”について教えても良いですよ?」 「……」 『彼は私の関係者です。遠くない将来、きっとあなたを追い詰めるでしょう』 「その前に、僕がそいつを追い詰めるさ!」 『今でも四苦八苦しているじゃないですか』 「……」 幽霊も悪くないな。 こんな夜神を見る事が出来るのなら。 そんな事を思いながら夜神の退避方向を計算して追い詰めると、 彼はベッドのマットレスに阻まれて止まった。
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