神話 18 紙袋をぶら下げ、どこか現実感を欠きながらふらふらと歩いていると、数歩で肩を掴まれる。 ひったくりか?テープだけは死守しなければ、と咄嗟に紙袋を抱きしめたが、すぐ後ろに居たのは、なんと流河だった。 「え……何」 というか、何故ここに居るんだ? 「あなたの携帯のGPS機能を使わせて貰いました」 「……どこから見ていた?」 「あなたがバスから降りた時から」 「……」 公園灯に、その青白い顔が浮かび上がる。 傍のベンチのカップルがこちらを見ている事に気づき、外の人気の無い道路に出た。 並んで歩きながら流河はおもむろに、 「あなたが左手に握っている物を、こちらに渡して下さい」 「……」 見られていたかも知れないと思いはしたが。 キラの送って来たテープより先なのか。 やはり恐ろしい程勘の良い奴だ。 「断る」 「……は?」 「ただのメモだよ」 「なら見せられますよね?」 「見られたくない事が書いてあるから嫌だ」 メモがそこまで重要視されている事に気付かない振りをして冗談めかした口調で言い、上着のポケットに入れる。 流河は、指を咥えてそれを見つめていた。 「しかし、その為にここまで来たのですから、手ぶらで帰る訳には行きません」 「は?ああ、この紙袋の話?だったら渡すよ。 やっぱりさくらTVを襲撃したのはあいつだったらしい。 でもテープを取り戻す為だったし、渡してくれたんだから不問にしてくれないか?」 そう言って渡したが、流河は紙袋の中を覗きもしない。 代わりに、ニッと笑いながら下から僕の目を覗き込んだ。 「本気で、彼が単独でTV局からこの重要な物を強奪したと?」 ……え? 「そう……聞いてるけど」 「裏口から入れる物なら、警察が入ってますよ」 「え、盗聴?というか、どういう、意味だ……?」 「分かりませんか?」 ……もしかして、全てが。 いやまさか。 だが、流河の口調からはそうだとしか思えない。 とすると、 「神門くんに頼んで、一芝居打って貰ったんです」 神門が僕を、裏切った……? 「彼に悪意はありませんよ。 賢い人ですから、私がLだと名乗ると、すぐに分かってくれました」 「……」 キラのテープの放映が始まって……誰かがさくらTVの正面玄関で死んだ。 その後、十五分ほどで護送車が突っ込み、その直後母から電話があって、十分程話して……。 更にその直後に神門からの電話が入った筈だが。 「時間を掛ければ掛ける程あなたに疑われる可能性は高くなる。 護送車が突入した瞬間、誰かがこのテープを奪う事を予測してこの計画を立てました。 いきなり神門くんに連絡して、十分以内に説得出来るかどうかが鍵でしたが」 たった十分。 僕が母さんと話していた、その十分。 「あなたの容疑を晴らす為と言うと納得してくれました」 神門の、飲み込みの良さが仇になったか。 しかしたった数分とは離れ業だな。 普通は思いつきもしないし、思いついても実行する時間がないぞ。 「まず神門くんにあなたに電話して貰い、テープを奪ったという口実で呼び出して貰いました。 その後弓を用意して貰って公園の外で待ち合わせ、ヘルメットとフェイクの紙袋を渡しました」 「……」 「で、テープを渡す代わりにあなたに肉体関係を迫るように伝えたのですが……」 「神門は」 思わず声が大きくなる。 神門は……。 「……要求はないと。ただ、僕に会いに来て欲しかったと」 「私の予想では、あなたは事の後、あるいは事を先延ばしにして神門くんと別れた途端に彼を殺す行動に出る筈だったのですが」 「そんな、事、してない」 「はい。あなたが、神門くんと会う前に彼を殺したのは予定外でした……失敗です」 僕は思わず流河を見返した。 僕が?神門を? 思わず笑ってしまうと、流河は立ち止まって不審な顔でこちらを見る。 「僕は、殺してないよ。というか僕に疑いを向けるなら神門が死んでからにしたら?」 「神門くんを殺す行動は取っていないと? 死の前の行動を操ったんじゃないんですか?」 「馬鹿馬鹿しい。僕はキラじゃないからそんな事出来ないし、神門も死なないよ」 「……」 流河は驚愕した顔のまま前を向き、親指の爪を噛みながら歩き出した。 「馬鹿な……では、神門くんがあなたに何も要求しなかったのは、彼自身の意志だと……?」 「当たり前だ」 「では……その左のポケットに入っている物を、見せて下さい」 僕は肩を竦めてポケットに手を入れ、小さな紙を取り出した。 流河は再び立ち止まり、両手の親指と人差し指で摘んで、街灯の明かりに透かす。 「……これ。神門くんの名前ですよね。一画足りないのは?」
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