神話 14
神話 14








目尻が痛む。
事によって、自分が限界まで目を見開いている事を知る。
口も開こうとするが、かたかたと奥歯が震えるだけで、小さな悲鳴すら上げられなかった。


流河は僕の目の動きをじっと観察しながら、顔を近づけてくる。
無意識に歯を食いしばると、残酷な笑みを浮かべて長い舌でちろりと下唇を舐めた。
そして、身体を起こして塗り薬のような物を自分の指につける。


「流河……頼む」


情けない……キラともあろう者が、Lに、こんな事を。
しかも流河は全く聞く耳を持たず、僕の足を広げる。
縫工筋に、大腿四頭筋に、力が入らない……。


「……っ!」


尻の穴の周囲に、何度もクリームを塗り込む。
やがてその指は中心に近付いて来て、爪の先が入り込んで来た。
全身が硬直する。


「指先でそんなでは、とても私の物は入りませんよ?」

「入れ、るな、」

「ならば、神門くんとの事を教えて下さい。
 彼も、こうやって指で先に広げてくれましたか?」


よく、覚えていない……筈だったが、この感触に否応なしに記憶が蘇る。


「広、げた、というよりは……」

「よりは?」

「何か、奥に、突っ込んで、あちらこちら、触ってた……」


流河の指が、もう少し入り込んで来て小刻みに揺れる。


「ああ、それは経験不足ですね。恐らく精嚢を触りたかったのでしょうが……
 血は出ました?」

「出た……沢山」

「それはいけませんね。まずは入り口を広げないと、」


そう言って指を二本に増やし、また震えるように微かに動かした。

……と。しばらく経って。


「っ!……うご、かすな……」

「今、感じましたね?締まりましたよ?」


そう。今は軽い電気ショックのようにしか感じなかったが、これ以上触られたらきっと性的な快感を覚えてしまうだろうと予想される感覚だった。
初めての経験に、血の気が引く。


「ソフトに触れるのがコツです」


上から憎らしい程冷静な声が降って来た。
尻の中を他人の指にそっと押さえられる。
指が震えているのか僕が震えているのか、微かな刺激に背骨の辺りからじわりと熱い痺れが広がり、思わず目を閉じた。


「勃起してきましたね。イけそうですか?」

「……馬鹿、な……」

「神門くんはこんな事してくれなかったでしょう?感じなかったでしょう?」


瞼の裏に浮かぶ。
自分の腹の上で乾きかけた体液と、それに降り注ぐ神門の熱い精液。


「……」

「それとも感じましたか?正直に言って下さい」

「……射精は、した……」

「中で感じて?」


思わず目を見開く。
羞恥にか、屈辱にか、こめかみの辺りが熱くなる。
恐らく僕は赤面しているのだろう。
だが、言わなければ……このまま犯されてしまう。


「く……口で、して、くれたから……」

「なるほど。神門くんも必死だったんですね。
 ストレートの男性でも、男に本気で咥えられたら大概は射精するそうですから」

「……もう、」


もう、許してくれ。
なんて言わせないでくれ。

自分の身体がここまでコントロールを失ったのは生まれて初めてだ。
おまえの言う通り心療内科でも何でも行くから。
キラだと自白する事以外は、何でもするから。

だから、もう。


「私は、違います。あなたに教えてあげます」


指が三本に増える。
その意図に、僕はゾッとする。


「おい……まさか」

「どうです?もう三本でも痛くないでしょう?」

「最後まで、しな、いよな?」

「中出しはしないつもりです」

「……!」


パニックにはならない。
いつもの僕なら、このまま流河を蹴り倒して一発殴って逃げるだろうな、と思う。

でも。身体が、強張って動かない。


「入れないって、言ったじゃないか……」

「言っていません」


入れないでくれと言ったら、『ならば、神門くんとの事を教えて下さい』と。
言ったじゃないか、普通は交換条件だと思うだろうその言い方!

思考は巡るが、声は出ない。
本能的に、こいつは理屈の通じる奴じゃないと。
自分の間違いを認める男ではないと。
僕は、悟ってしまっていた。

……狂人。


「これから、あなたの身体の記憶を上書きします」


三本の指が抜かれ、広げた足を更に持ち上げられる。
僕は顔を横に背ける。
涙が、鼻筋を通り越して反対側の目の下を流れて行った。

開いたままの穴に、指より熱い物が当てられる。
また血の気が引いて目の前が一瞬暗くなったが、軽い衝撃と共に入り込んで来た物は、神門ほどの痛みはもたらさなかった。


「さほど痛く、ないでしょう?」

「……」

「私が神門くんより小さいからではありませんよ。彼より上手いからです」

「……」

「二回目だからというのもあるでしょうが」


答える気にはならなかったが、ホッとしたのは事実だ。
身体の力が、少し抜ける。


「感じて下さい。私で。中に、神経を集中して下さい」


言われなくても、気を逸らせない。
亀頭が通った、少しづつ入り込んで来る、と、いちいち感じずにはいられなかった。
だが、ただただ痛みに支配されて早く終わってくれとしか思えなかったあの時とは、大違いだ。


「分かりますか?私のペニスの先が、あなたのイイ所をつついています」

「ん……っ」


その通りだ。
さっき指で触れられた場所……ペニスだなんて言われたら、気持ち悪いというか、何だか、変な気分に。


「お互いの気持ちいい所同士で、キスをしています。
 これぞセックスの醍醐味だと思いませんか?」

「……何、言って……」

「レイプとは違う、と言っています」

「……」


無理矢理されているのだから、レイプだと思うが……自分も勃起した状態だと、そうとも言いづらい。


「次は奥の精嚢にキスをします。
 ここはすぐには感じないでしょうが、これからじっくり時間を掛けて開発してあげますよ」


何か言いながら流河は僕の太股を抱え直し、深く差し入れた。
どこが精嚢とやらなのか分からなかったが。
僕は、僕の奥の色々な場所に触れる流河の亀頭を想像しては顔を覆い、浅い場所にある「イイ所」を突かれては喉を反らした。


「駄目です」


突然鋭い声で言われて、無意識に自分がペニスを扱こうとしていた事に気付く。
慌てて手を離すと、手首を掴まれてベッドに押しつけられた。


「な、何」

「勝手にイかないで下さい」

「だって、」


触らなければイけないじゃないか。
などとはとても言えないが、その間にも流河の腰は小刻みに動いていて、射精寸前の切ない焦燥が溜まっていく。


「あなたを感じさせる事に集中し過ぎました。
 少し、待って下さい」


流河は僕の胴を抱きしめ、僕が自分のペニスに触れられないようにして大きく腰を動かし始めた。


「あっ、あっ……流、河、頼、む……」


乱暴な動きに怯えが走るが、感情に反して身体は益々高ぶっていく。
臨界点を超えた性感に、出したいのに出せない生涯初めての鬱憤。
先程とは別の涙が、止まらない。


「今更、やめられませんよ」

「違う!……い……イかせて、くれ……!」


流河はふっ、と小さく声に出して笑うと、


「後、少しです」


唸るような声で言った。
だが、自分の先走りがぬるぬると。
流河の腹と僕の腹の間でペニスを刺激している事に気付くと、もう止まらない。
そこに意識を向けただけで、あっさりと爆発する。

今まで経験した事のない、脳髄が灼けるような射精だった。

流河も僕が射精した時に締めてしまったせいか、「うっ」と小さく呻いて達したようだった。
それから痙攣している僕に何度か出し入れした後、またきつく胴を抱きしめて停止した。






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