神話 13
神話 13








「なっ、」

「何でもないんですよね?男に抱かれる事なんて」


息が。
恐らく、ソファに座るよりもより苦しい。
そうだ、地面に近いから。
押し倒された、あの床に。


「おい、」

「憎くもない。何とも思っていない。神門くんは今もオトモダチ。そうなんですよね?」

「ああ……ああ、だが、」


答える前に、流河がのし掛かってきた。
男の、質量……筋肉。
頭がぐらぐらする。


「神門くんにこんな風にもう一度迫られたら、どうしますか?」

「……」

「させます?オトモダチのまま?」

「……その理由が、ない」


流河はニッと笑って、自らのTシャツを脱いだ。
……神門ほど筋肉質ではない。
が、甘い物ばかり食べている割りに、体脂肪率は低そうだ。
きっと見た目より力は強いんだろうな。

そこまで考えると、歯がかちかちと震えた。


「……え?」


歯の根が、合わない。
額を、汗がじわりと流れた。


「怖いですか?夜神くん」


怖い筈なんかない。
僕は、キラだ。
いざとなれば、ペン一本で誰でも殺せる……。


「私が怖いのなら、言って下さい」

「怖くなんか、ない……」

「ではこのまま続けます」

「待て!なんでおまえが、僕に……その、僕を、何とかしようとするんだ」

「あなたの為でもあります。
 神門くんは、あの様子では絶対にあなたを諦めないでしょう。
 一生人の居ない場所に行かないわけにはいかない。
 あなたが一人になった途端に迫って来ると思いますよ?」

「……」

「それくらいなら本当に私の物になって、常に私と居ても不自然でない状況を作った方が安全では?」

「いや待てよ!なら付き合ってる振りだけでいいだろ」


流河は、僕のボタンを外しながら首を傾けた。


「あなた、彼を舐めすぎです。あの人はあなたが思っているよりも慧眼だ。
 さっきも我々の矛盾する言葉を聞いて、本当は付き合っていない事を見抜いたじゃないですか」

「でも、」

「目の前の二人の間に、性的関係があるのかどうか見分ける嗅覚を備えた人というのは存在します。
 彼がそうです。私もです」


それで、神門と僕の事が分かったのか……。
なんて納得出来るか!

流河の声は静かで、ゆっくりとした話しぶりだったが僕は内心焦燥していた。
その手が、口とは対照的に非常に素早く僕のジーンズのボタンを外し、ファスナーを下ろしたからだ。


「やめ、やめ……」


唇が、震える。上手く喋れない。
流河の腕を掴むが、その指はみっともない程に震えていた。

普段なら流河なんかに負けはしない。
テニスの試合をした時、筋力も体力もほぼ互角だと感じた。

だが。あの、たった一人の男に、強引に身体を開かされる屈辱。
気を失ってしまいそうな、身体を真っ二つに引き裂かれるような痛み。

その記憶が一気に体中に充満して、力が入らない。
指が冷たい。


「……神門くんにも、そんな無様な顔を見せたんですか?」


いや……あの時は。
気がついた時には全てが終わっていた。
思い切り泣き喚きたい時、声は出せない状態だった。

だが、今。

身体が、覚えている。
この先に起こることを。

全身が、拒否をする。
なのに撥ねのけるどころか、指先一つ動かせない。

怯むな……動け!夜神月!


……キラ!


「……ははっ。流河。おまえは、僕がキラだと思ってるんだろ?」

「3%ですけどね」

「ならば……こんな事をしたら、殺されるとは思わないのか?」

「キラが私を殺せるのなら、既に殺されてますよ」

「分からないじゃないか。名前を知らない相手を殺す方法もあるかも知れないだろ。
 恐らくその方法はキラにとってもリスキーだろうが。
 キラを本気で怒らせたら、そんな方法を選ぶかも知れない」

「ほう……面白いですね」


流河は感心した振りをしながら、僕の下着とジーンズを足から抜いた。
完全な素っ裸だ。


「おまえも、その位は考えついてただろう?」

「違います。震えて、涙を流しながらそんな上からな交渉をしようとするあなたが面白いと言ったんです」

「……」


その通りだ。
声だって擦れて、説得力なんて欠片も無いと。
分かっていながらも、言わずにいられなかった。
最後の矜恃だ。

きっと今、僕の顔は蒼白だろう。
絶望に、目眩がした。
いっそこのまま気を失ってしまえたら……などと軟弱な事を考えて慌てて頭を振る。
涙がまた目尻から零れた。


「怯えるなとは言いませんが、安心して下さい。
 私、優しいです。あなたの辛い記憶を上書きしてあげる程度には」

「……」

「大丈夫です。あなたは神門くんの事なんか忘れますよ」

「……」

「だって、」


流河の目が、ゆっくりと細められる。
唇には、運ばれてきたパフェを見た時のような、屈託の無い笑みが浮かんだ。


「今からもっと、強烈な体験をするのですから」

「!」






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