神話 10
神話 10








神門がストーカー気質と言ったのは、京大に行く予定を曲げて東大に来た事を受けてだろう。
まさかそれが僕の為だとも思わなかったし、キャンパスで会ったのも偶然だと思っていた。

なのに。


「おや、また神門くんですよ、夜神くん」

「……あぁ」

「……どうも」


出来ればそのまま手だけ振ってすれ違ってしまいたかったが、流河のせいでそうも行かなくなった。


「よく会いますね、神門くん。奇遇です」

「……」

「よければ、そこのカフェで珈琲でもご一緒しませんか?」


何の因果で、このメンバーで珈琲なんか飲まなければいけないんだ!
だが流河は先に立って歩いて行く。


「あの」

「流河と言います。流河旱樹。夜神くんの大学に入ってからの友人です。
 あなたは神門くんですよね?最初に夜神くんが呼んでいたから知ってますよ」

「……あなたの名前も、知っていました。入学式で」

「ああ、夜神くんと一緒に挨拶しましたしね。
 あなたが本当に見ていたのは、夜神くんの方でしょうが」

「……」


珍しく饒舌な流河に、神門も僕も口を挟めない。
挟みたくもなかったが。

ボックス席に到着すると、神門と僕が向かい合って座り、流河は何故か神門の隣に座ろうとした。


「おい、おかしいだろう、その席」

「そうですか?」

「共通の友人は僕なんだから僕はどちらの隣に座っても良いけれど、神門とおまえが隣に座るのはおかしい」

「あなたの隣は、落ち着かないんですよね。
 この席なら、神門くんと二人がかりで尋問できます」

「おまえ……!」


頭の上で、死神が笑い出す。
思わず上を睨み上げそうになって、何とか思いとどまった。


「変な事を言ったら名誉毀損で訴えるぞ」

「変な事って、あなたがキラっぽいという話ですか?」

「……!」

「大丈夫です。ぽいと思っただけで、断定なんかしていないんですから名誉毀損には当たりません」


他人の前で言うか……!
神門は不審げに少しだけ眉を寄せて流河を見ていた。


「とにかくこちらに来い。
 ははっ。コイツ面白いだろ?ちょっと常識ないけど」


流河が僕の隣の座面にしゃがむと同時にウエイトレスが注文を取りに来た。
神門と僕がブレンドコーヒーを頼むと、


「あ、私はスペシャルパフェで」


普通の友人ならここで噴き出して流河にツッコミを入れ、和やかになる所かも知れない。
だが神門は眉一つ動かさずにスルーして、真顔で口を開いた。


「……流河くん。さっきの話だけど」

「はい?」

「夜神がキラというのは、有り得ない」


そしていきなり、流河が喜んで食いつきそうな話題を振る。


「どういう根拠で?」

「夜神に殺人は必要ない。望めば最高裁の裁判官にでも、警視総監にでもなれる男だ」

「はぁ」


流河は気の抜けた返事をして、頭を掻いた。


「でも、そういう立場になれば逆に、気軽に他人を処刑できませんよね」

「他にも根拠は、ある」

「ほう」

「夜神が自由に遠隔殺人出来るなら……俺はここに生きてはいない」

「……」


あまりの事に、思わず絶句してしまう。
さすがの流河も、対応が遅れているようだった。


「それは……夜神くんが、殺したい程あなたを憎んでいるという意味ですか?」

「そうだ」

「おい、」


つい、声を荒げてしまう。
神門は神門で、流河と僕がどの程度意思疎通しているか計る為に石を投げ込んだのだろうが……。
全く、どいつもこいつも一体、


「待てよ。僕は別に神門を憎んでなんかいない」

「……そう、なのか?」


その驚いた顔に、誤解される可能性を見て慌てて言葉を継ぐ。


「というか本当に、何もない。神門に対して、いかなる感情も」


神門は、また読めない無表情に戻った。


「そう……今、夜神の心は流河くんで占められているのか?」

「……」


また突拍子もない事を……と思ったが、前回の「浮気は許さない」発言を受けてか、と思い至った。
しかも、満更違ってもいない。
確かに今、僕の頭の中は流河……Lを、如何にして追い詰めるかで一杯だ……しかし。


「やめろよ、冗談は、」

「そうなんですよ。そして私の心も夜神くんで一杯です」

「……」


思い切り流河の足を踏んでやりたい所だが、その足はソファの座面に乗っているのでせいぜい横目で睨んだ。


「……なら、二人は付き合ってたりする?」

「は?!神門までこいつの冗談を、」

「だとしたらどうなんですか?」


僕の言葉尻に被せるように、流河が下らない事を言う。
殴ってやろうかと思った所で、珈琲とパフェが来た。

ウエイトレスが去った後しばらく沈黙が落ちたが、神門がまた口火を切る。


「……だとしたら、嬉しい」


こいつは、本当に必要最低限の事しか言わない。
流河と僕でなければ、「何が?」とツッコミが入るところだぞ、その癖は直した方が良い。


「どういう意味ですか?」

「俺の認識では、夜神は同性に興味を持つタイプじゃなかった」

「高校生時代は、という事ですね?」

「……ああ」

「それは、まだ私に出会ってなかったからでしょうね」


神門の眉根が、微かに引き攣る。


「そう……なら、俺の事も聞いてるよな?」

「ええ。一方的に迫られて……レイプされたと」


後半は声を潜めていたが、思わず中腰になって流河の襟首を掴んでしまった。


「……どういうつもりだ」

「どういうつもりも何も」

「僕はそんな事言ってないだろう!」


激昂した僕を見て、流河の口の端がぴくりと上がる。
コイツ……!


「いいよ、別に。本当の事だ」


神門は平然と言い放って、珈琲を一口すすった。
隣で流河が、ほう、と声に出さない感嘆の声を上げる。


「それに。夜神が男に興味があるのなら、俺にも目はある」

「そ……」


進退窮まるとはこの事だ。
流河と付き合っていると嘘を言ったとしても、付き合ってなんかいない、そんな感情など一切ないと正直に言ったとしても、どちらにしても神門を喜ばせるだけだろう。
言葉が継げず黙っていると、神門は続けた。


「参考までに聞きたいが、何故俺が駄目で、流河くんならいいんだ?」

「頭脳じゃないですかね?
 失礼ですが、あなたではセンター試験全教科満点は無理でしょう」

「そうなのか?夜神」

「まさか!」


友人としても、男としても、神門の方が流河より何倍も優れているだろう。
だがそれは、その変態的な嗜好を受け入れるかどうかとは無関係だ。
僕は考えるのをやめて、真正面から神門と向き合った。


「神門。以前も言ったが、僕は男には一切興味がない。
 勿論、流河とも付き合ってなんかいない」

「……」

「酷いです夜神くん。私は運命の相手だと思っているんですが」

「黙れ!」

「その割に……いつも一緒に居るよな?
 女の子同士でも、こんなに常に一緒にいる二人なんて、居ないと思うが」

「それは」


流河が付き纏って来るからなんだが、その理由はと言えば僕がキラだと思っているからだ。
その話は蒸し返したくない……。


「まあいいよ夜神。俺、今も弓を続けてるんだ」

「……そう、なんだ?」


いきなり何の話だ?
話題が逸れたのはありがたいが。


「集中するのにも、弓を引き絞るのにも、時間を掛けるタイプなんだが」

「?」

「……狙った的は、絶対に外さない」

「……」

「俺は五年間、ずっと弓を引いていた。
 途中で止めようと思った事も、弓を置こうとした事もあるが、止めなかった」

「……」


淡々と台詞を読むような口調に、まるで昨日の事のように鮮明に思い浮かぶ。
非常にゆっくりと、しかし淀みなく矢をつがえ、引き絞る神門の姿が。
瞬きもせず、的を凝視するその目が。
きっとその通り、決断までは時間を掛けるが、一度決めたら一切迷わず矢を放つのだろう。


「放れた後は、一切後悔しない。……俺は諦めない、夜神」

「神門。……僕は、」

「大丈夫。もう強引な事はしない」

「……」

「黙って待つつもりもないが」

「……」


言葉を失い、沈黙を持て余していると隣からかちゃかちゃと音が聞こえる。
流河は僕達の会話を全く気にせず、一心不乱にパフェを食べていた。
一瞬腹が立ったが、それが正解かも知れないと思い直す。

気を取り直した振りをして啜った珈琲は、冷めて苦かった。






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