神話 8 「ずいぶん気の抜けた顔だな、ライト……」 昨日神門に犯された後、どうやって駅まで行ったのか、覚えていない。 僕の事だから、いつも通り自然に帰ってきたのだろうが。 ただ、電車の中で空席が沢山あったにも関わらず座れなかった事と、血と精液の臭いが周囲にバレないか恐れていたのはよく記憶している。 昨晩から、全くキラの裁きをしていなかった。 「小休止ってとこかな?警察の動きも見たいしね」 肝心な時に居なかった死神に一時腹を立てたが、よく考えれば居てもこいつが助けてくれたとも思えない。 そう思うと、殆ど四六時中一緒に過ごす相手に、男に犯された場面を見られなかったのは不幸中の幸いと言っても良いだろう。 「それに、ちょっとだけ疲れた」 自分が、肉体にも精神にもダメージを受けている自覚はある。 傷口から雑菌が入ったのか、昨夜から熱が続いていた。 風呂場でも、気付けば神門の唇や舌が触れた場所を癇性に何度も擦っていて首や胸にうっすらと血が滲んでいる。 我ながら良いコンディションとは言い難い。 せめて、二、三日はゆっくりしたい。 考えずとも、世間がキラとLの噂話ばかりで疲れたなどと、口から出任せに休む理由が出て来た。 それ以降、僕は神門と話さなかった。 目を合わせる事も許さなかった。 現役時代あれほどつるんでいた二人だが、皆受験勉強で忙しく、他人の動向を観察している余裕などなかったので誰にも気付かれない。 また、家に戻ればデスノートの隠し場所を考え、Lを揶揄い、FBIを始末して、バカみたいに大量の監視カメラをかいくぐり。 神門との事など、本当にすぐに記憶の彼方に去って行った。 いや。 正直に言えば、神門に強姦された事を忘れたくてLを挑発し、無茶な裁きをしたのかも知れない。 実際受験勉強とキラの裁きとLへの対策で、余計な事を考える暇は一切無かった。 そうしていれば卒業式の頃には、いつの間にか神門の事は乗り越えていて。 答辞を終え、証書を受け取り、教室に戻って記念撮影。 それから友人達に囲まれて校舎の外に出ると、何人かの後輩の女の子達が、花束やプレゼントをくれる。 「さすがライト。っつーかずりぃぞ。俺にも分けろ!」 「僻むなって。そんな不実な事出来ないよ」 その時。校門に見慣れた長身の影を見つけて、心臓が大きく脈打つ。 だが、大丈夫だ。今の僕は、全て乗り越えた。 「ほら。あそこにもモテてる奴がいるぞ?」 だから敢えて軽い口調で、ネタにした。 神門は女の子に捕まっていた。 どうやら制服のネクタイをねだられているらしい。 僕も既に、ネクタイも校章もないが。 「夜神!」 今までさすがに話し掛けて来なかった神門だが、今は助けを見つけたように声を掛けて来る。 ここで無視するのは簡単だが……。 「おー。ばいばい。ゴードン」 「……」 わざとにっこりと笑って手を振り、通り過ぎると唖然としていた。 「またな!神門!」 「幹事に連絡しとけよ!」 他の友人達は振り返って名残惜しげに手を振っていたが、僕は一度も振り向かなかった。 「あっさりしてるなー、ライト。そうだ、ゴードンって?」 「あー、そういや神門って、中一の時だけゴードンってあだ名ついてたっけ」 「そうなんだ」 「でも確か、ゴードンって呼ばれんの嫌がってなかったっけ?」 顔を見つめられても答えずに微笑んでいると、 「まあ、ライトなら良いんだろうな」 「生徒会仲間だし」 勝手な解釈をしてくれる。 だが、神門には、神門だけには伝わった筈だ。 僕が、敢えて軽く別れを告げた訳も、再会を約する言葉を発しなかった意味も。 ゴードンと呼んだ理由も。 四月になり、大学の入学式が来る。 そこで出会ったのは、恐らく生涯出会う中で一番忌々しい男だった。 「私は、Lです」 まさか……。 こんな大胆な手を使うとは、想像だにしていなかった。 Lを、舐めていた……。 「やられたよ……いい手だ……」 しかし、悲観する事はない。 これは向こうも何も掴んでいない証拠だ。 あいつも僕も直に接しての騙し合い。知恵比べだ。 「表面上は仲良しのキャンパスメイト。 裏では『Lなのか?』『キラなのか?』の探り合い」 「面白いよ流河。 おまえが僕に友情を求めてくるなら快く受け入れてやろう。 僕はおまえを信じ込ませ、そして全てを引き出しおまえ達を殺す」 授業が始まると早速、自称Lは不自然なまでに距離を詰めてきた。 殆ど同じ講義を取り、挙げ句の果てにテニスの試合。 そして、僕がキラだと疑っていると、直接言って来る大胆さ。 またやられた……と思ったが、どんどん近付いて来てくれるのは、僕にとっても好都合な事だ。 ……その筈だった。 父が倒れたと聞いた時は、一瞬Lの策略かとも思ったが……。 「捜査協力すると言ったけど、父が元気になるまではしばらく何もできないと思う」 「分かってます。では」 少し体勢を立て直したい。 父の不調により時間が稼げた事に、少しだけ感謝してしまった。 神門に再会したのは、そんな時だった。
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