神話 5
神話 5








「じゃ、また明日」

「おーっ。悪い事しないようになー」


いつも通り近所の友人と一緒に帰り、家の前で別れる。
彼等は気軽に楽しげに、キラの正体を推測したり茶化したりしていた。


『気持ちよさそうだな、ライト』

「そうでもないよ、リューク……ただいま」

「おかえりー」


階段を上りながら、リュークにだけ聞こえるように呟く。


「ノートは家に置きっぱなしだからね」


部屋に入り、鍵を掛けて初めて気が抜ける。
引き出しを開けてノートを取り出すと、全身に血が巡るような気がした。


「こいつを見るまで、学校に行ってたりする間はずっと落ち着かない」


世界中が、正義の裁きをする者の存在を感じ初めている。
「救世主キラ伝説」や、それに類するサイトがごまんと出来ている。

正に僕の計画通りに、事が進んでいた。


だが。


『だが、Lという私は実在する』


なんだこいつ……!!


『さあ!私を殺してみろ!!』

『さあ早くやってみろ』


全世界の警察を動かせる、唯一の人間……だと?


『キラ……おまえがどんな手段で殺人を行っているのか、とても興味がある。
 しかしそんな事は……』


おまえを捕まえれば分かる事だ!


「僕を、死刑台に送るだと……」


L。

『キラ……』


必ず、おまえを探し出して始末する!!


僕が、

『私が』


正義だ!!





「どうした?夜神」


しまっ……。

昨夜はネットで「探偵L」について調べたが、昨夜のTV放送以外の情報が見つからなかった。
なので、放課後図書館に来てそういった存在について書かれた書籍を探していたのだが。

気付けば背後に神門が居た。
面倒な奴に会ってしまったな。
まあ、気不味いというだけで特に動揺などはしないが。


「別に。ちょっと調べ物をね」

「“L”か?」


思わずどきりとしたが、神門の事だ、昨夜の放送を見て同じ事を考えたのだろうと気付く。


「そう。ネット上では全然見つからなかったから。
 Lという物の存在自体が眉唾だな」

「いや……中々考えてると思う。
 アルファベット一文字、しかもEだのLだのと言えば、一番単語検索しにくい名前だ」

「なるほど。それでそういう名前にしたのかな?」


先日の事など無かったかのように会話出来る事に、内心胸を撫で下ろした。
正直馬鹿な真似をしてくれたと思ったが、こうして思い直してくれたのならそれで良い。


「で。見つかったか?」

「いや、無いな。大体どこの国の人間かすら分からないから調べにくい。
 後は都市伝説系の本を見てみるしか……」

「世界中の警察とか言ってたから、秘密結社系かも知れないと俺は考える。
 図書委員が知り合いだったから書庫に入れるんだが、一緒に行くか?」


神門の顔の横で開いた手の中には、小さな鍵がぶら下がっていた。




「うーん……秘密結社だとすればフリーメイソンクラスだろうけど」

「中華系、という事はないだろうな」

「それは、欧米だろう。アメリカ・イギリス・フランスあたりだろうな」


二人で書庫の奥の螺旋階段を上り、昭和のマニアックな本が収納していある小部屋に行く。
暖かみのある木を基調にした図書館とは違い、無骨なスチールに灰色のペンキを塗っただけの寒々しい場所だ。


「ロシアも怪しいぞ。アメリカ人探偵がロシア警察を動かすよりも、その逆の方が容易そうだ」

「それもそうか」


とは言え、世界的に隠匿されている探偵の正体が、こんな東洋の島国の高校の図書館で分かると本気で思っている訳では無い。
ただ、神門と二人で調べれば、何かヒントくらいは掴めるかも知れないと思えた。


「そもそも“L”とは何だろう……世襲制、か?」

「単独なのは間違いないだろうけれど。
 世襲制だとしたら、DNAを管理されてるよな」

「男かな?」

「さあ……女だとしたらどうだ?」

「そうだな……」


つい、キラとして答えてしまいそうになり、苦笑する。
いつか殺す相手が、女だったら……いや、関係無いな。


「関係無いよ。どうせ僕達とは一生接点のない人間だ」

「俺はともかく、おまえは分からないよな」

「……」

「警察官僚志望だろ?」

「ああ……ああ、そうだな。いつか一緒に仕事をする事になる可能性も無くはないな」

「無くはないどころじゃないだろ」

「うん……まあそれまでLがキラに殺されていなければ、だけど」


神門は、首を傾けて珍しく皮肉な微笑を浮かべる。


「ほう。夜神は、キラがLを殺すと思うのか」

「実際殺してたじゃないか。偽物だったけど」

「そうだが。Lの方も、キラの息の根を止めると言ってただろ」

「うん……でも現実問題、」


その時、神門の顔が驚く程近くにある事に気付いた。


「何、」

「夜神」

「……え?」


手首を掴まれ、本棚に押しつけられる。
愚かにもその時頭にあったのは、本が落ちて傷まないかという心配だった。


「神門、おい、やめろよ」

「ははは。“神門、おい”って。余裕なんだ」


滅多に声を出して笑わない神門の、渇いた笑い声。
狂気を感じさせるには充分だ。
いきなり何だ、という怒りと、何の悪巫山戯だという戸惑いが、すぐに現実の恐怖に変わる。


「好きだよ夜神」


それだけ言うと、神門は僕を引き倒した。
ぐわん、と響いた間抜けな金属音。
螺旋階段の手摺りの音だろうな、と推測した瞬間に、僕の意識は落ちた。






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