神話 2
神話 2








持ち上がりで同じ高校に上がったのは知っていたが、クラスが違った事もあって特に話す事もなかった。
神門との関係が復活したのは一年生の秋だ。
文化祭の準備を手伝って、一人で生徒会室に残っていた時。
そろそろ帰らなければ、と思っていると引き戸がすうっと開いたのだ。


「お疲れ……って神門か。どうしたんだ?」


その頃には、神門の事をゴードンと呼ぶ者は誰も居なかった。


「……生徒会室ってこんななんだ」

「そうだな。普通は一年は入れないからな。変に触るなよ」

「ああ……。何かオレに出来る事あったら手伝うが」

「じゃあ、そこにバラバラになってる資料、日付順に並べてファイルしてくれ」


神門は黙々と言いつけた作業をする。
僕も、各部活の紹介文を考えていた。


「……よし」

「終わったか?」

「ああ。本当は家に持って帰ってやろうと思ったんだけど。
 神門のお陰で宿題にせずに済んだよ」

「そう」


神門は肩を竦め、置いてあったバッグを肩に掛ける。


「で。何?」

「何って」

「僕に用事があって来たんだろ?」


彼は何故か、驚愕したように目を見開いた。


「そう……そうだな。いや、先生に言われて来たんだ」

「へえ、」

「……道場の鍵を返しに行った時、生徒会室の鍵がまだ戻ってなかったから。
 誰か残ってるのか、それとも施錠忘れか見て来いって」

「なんだ、それならすぐ戻ってくれたら良かったのに。
 先生も気を揉んでるだろ」

「いや、大丈夫だ。校庭から生徒会室の明かりが見えてたって言っておいたから。
 作業をしている夜神が、TVみたいに見えてた」

「そうだったんだ」


なるほど。僕が一人で居るのを見て、来てくれたのか。
旧交を温めたかったのかも知れない。


「部活、どう?」


部屋の電灯を消しながら尋ねる。
今度は窓の外の方が、野球部のナイター照明で明るく見えた。


「道場は中学と一緒だから変わらないよ。
 高等部の先生はちょっと緩いかな……インハイ前も大した事なかったし」

「そうなんだ」

「おまえこそ、全国優勝したのにテニス止めて。
 暇なんじゃないか?」

「いや。何か他の事をしたくて止めたからね。
 そう言えば中学の部活の時、水道でよく会ったよな」

「ああ、そうだった」


あまり話さなくなった後も。
テニスで走り回った後、水を飲んでいると、隣の蛇口に弓道着の神門が来た事があった。
無言でただタオルを貸してくれたり。
背が高いのを利用して、僕の頭を上からぐりぐりと撫でて弓道場に戻ったりしていた。


「でも、弓道場なら冷水器の方が近かったんじゃないか?」

「そうだな……」

「どうせ、テニス部に好きな子でもいたんだろ」

「……夜神には全部お見通し、か」

「ははっ。違うよ。
 おまえの彼女、中学のテニス部の一学年上の人だろ?有名だぞ」

「あー……」


相手の表情が良く見えない、暗がりで話すのも新鮮なものだ。
だがもう目が慣れて、神門が少し顎を上げて天井の隅を眺めたのはよく見えた。
表情も、きっといつもの憮然としているようにも見えるあの顔なのだろう。


「別れた」

「え?」

「俺の事を好きだと言ってくれて。……割と長い間、付き合ったけど。
 やっぱり違うかな、って思って」

「それって酷くないか?」

「夜神も、そう思うのか」


いや……そうでもない。
というか、どうでも良い。
他人の恋愛に興味がない……という以上に、好かれて付き合うも、好きになれないから別れるも、自分が納得行くようにすれば良いだけの話だと思う。


「いや。ごめん、何とも思わない」


そんな本音が言えるのも、神門だけだ。


「……」


薄暗い中、ドアの手前に神門が移動した。
曇りガラスから漏れる廊下の非常灯の明かり。
鼻筋が真っ直ぐに光って、何となく日本人離れして見えた。


「そうか……実は、他に好きな奴がいて」

「……」


何となく、聞きたくない。
神門の口からはそんな生々しい話は。
僕は遮るように、口を開いた。


「まぁ……何だかんだ言っても世間的には僕達はまだ子供だからな。
 自分の感情に素直に動いても許されるし、それが出来る貴重な時期だと思うよ」

「……おまえは相変わらず理屈っぽい」


神門は、少し俯いて苦笑する。


「人の事言えないだろ」

「ああ、そうだ」


あっさり認めるので、思わず噴き出してしまう。
神門も笑っていた。


「僕だっておまえ以外の奴には、屁理屈も面倒な事も言わないよ」

「そうか……」


それから神門は時折生徒会室に顔を出すようになり、気付けば僕達は生徒会長と副会長になっていた。






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