蜘蛛之糸 3 「竜崎……本気なのか?」 その夜、ベッドルームで思わず問い詰めてしまった。 竜崎は捜査本部以外では本当に僕から目を離さず、 手錠で繋がっているかのように常に同じ空間にいる。 「はい。夜神さんに言った事は本心です」 「僕を……拘束しなくていいのか?」 だが、大学に行けるとなれば、いくらでも一人の時間が取れる。 レムとだってミサとだって話せる。 竜崎を殺すのは、容易い事だ。 「拘束しますよ?私も一緒に大学に行きますし」 「え?」 「今年度は留年かも知れませんが、来年からは全て同じ授業を取ります」 「いや、Lとしての仕事は?」 「私が通学に忙しくて、Lとしての仕事を疎かにすると?」 「気持ちの問題じゃなくて物理的に可能かどうかって話なんだけど」 「可能です。夜神くんが良ければ、ですが」 ……頭が痛い。 だが、いくら竜崎がくっついてきても、大学生活ともなれば 24時間ぴったり一緒にいる訳には行くまい。 トイレにまで着いて来たりしたら嫌な目立ち方をしすぎる。 ……いや、こいつはそんな事を気するタイプじゃないか。 やはり早めに処分しなければ。 「あ。でも、言っていなかった注意事項があります」 「条件を付け足すのか?」 「いえ。条件ではなくあなたの為に言っておいたほうが良いと思いまして」 「?」 「私がこの先、偶然不慮の事故や自殺に見える死に方をしたら 夜神くんもすぐに後を追うことをお勧めします」 ……は?どういう事だ? 唐突な言葉に、思わず口が半開きになる。 後を追う?後追い自殺をしろという事か? 何だそれは。 必ずと言って良いほど咎められ、止められる自殺の中でも最も下らないのが 後追い自殺だろう。 それでも、死ぬほど好きな芸能人や恋人の為ならまだ分からなくもないが、 何で僕が男の、こんな虫みたいな奴のために自殺しなければならないんだ。 しかも何でそれを本人にお勧めされなければならないんだ。 「……意味が分からないんだけど」 「今日昼間、私が死んだ場合は全世界の関係各省、勿論日本警察にも、 証拠のコピーと私が知った全てを記した手紙が届くように手配しました」 …… ………… ………………え? 「……握り、潰すって……言ってなかったか?」 「握り潰したまま手の中に持っています。あなたの罪が暴かれる事を防ぐには、」 「……」 「私より先に死ぬか、私とほぼ同時に死ぬしかありません。 病気なら事前に言えますが、私が事故で死ぬ可能性の話が出たので言いました。 知らないまま私が突然死すると気の毒ですから」 「……」 「せいぜい、私を長生きさせて下さいね」 「……」 ……っくそ! 半開きだった口が、大きく開いていたのに漸く気づいて口を閉じる。 今度は、歯を食いしばらずにはいられなかった。 マジか! それが本当なら、一生竜崎を殺せないじゃないか。 それどころか出来るだけ長生きさせるよう、自分の体以上に 竜崎の健康管理にまで気を使わなければならないという事に。 竜崎が先に死んだ場合の、僕の身の振り方を案じた父を笑ったのは それが「ない」事だからなのか……。 もしレムにミサの為に誰かを殺させて、デスノートを手に出来たとしても 竜崎に監視され通しでは、ノートを使えない……。 一旦遠ざかった絶望の淵に、また立たされる。 竜崎が心の内を読もうとするように、僕の目を覗き込んだ。 今の会話で絶望した事を、竜崎を殺そうとしていた事を、 悟られてはいけない。 従順な振りをしなければ。 ……いや、既に僕の考えを読んでいたからこその、先手か。 「夜神くん、そんなに落ち込む事はありません」 「……」 殺そうとしていた相手に慰められるとは。 腹立たしくてならないが、殴りかかる気力は既になかった。 「少なくともあと四年は、あなたは五体満足でいられるというのは朗報ですよ」 「……どういう事だ?」 「あなたはプライドが高い人だ。大人しく監禁されているとは思えない。 あなたの体を欠損させる事になる可能性は低くないと思っていました」 「……」 やはり、手足を切るというのは本気だったか。 おまえは最初から、そういう奴だったが。 「でも、私は夜神さんを裏切る事はしません。 日本にいる間は、余程の事がない限りあなたをどうにかはしません」 「それは、どうも」 「四年です」 長い指を四本立てて、僕の顔の前に突きつけた。 「四年の間に、私の信頼を勝ち取れれば、その後の人生、 少しはマシなものになるかも知れませんよ?」 「……嘘つけ」 「本当です。比較的自由に動ける間に、あなたを自由に外に出しても大丈夫だと 信用させて下さい。 あなたに『死んだほうがマシ』だなんて思われるのは私も本意ではありません」 目の前が、暗くなる。 調子の良い言い方をしているが、竜崎の本国で監禁されてしまえば 「死んだほうがマシ」という目に合わされる可能性が高いって事だろ? 真綿で首を絞められるように、気が付いた時には抜き差しならなくなっていた。 いや……この首に、四肢に、ゆるゆると絡みつくのは、 蜘蛛の網だ。 同じ太さの鋼鉄の五倍の強度を持つと言う、脅威の糸。 一本二本を鬱陶しく思いながら払わずにいたら、 いつの間にか雁字搦めで逃れられなくなっていた……。
|