蜘蛛之糸 1
蜘蛛之糸 1








結局、竜崎はサディストなんだと思う。

僕の目の前には象牙色をした竜崎の足がある。
足の指が常人より少し長めで、殆ど靴を履かないせいか、
なかなか整った爪の形をしている。


「しないんですか?」





『Lは、火口の死を以ってキラ事件の収束とし、今後新しい動きがない限り
 捜査を再開しない』

『日本のキラ捜査班のその後の動きには関知しない』


その為には、


『Lの権限で殺人ノートは抹消する』

『夜神月の身柄は拘束し、本国(イギリスか?)へ連れ帰る。
 その後は個人的に監禁し、その頭脳も体も竜崎の処遇に任せる』


これが竜崎の出した、キラを逮捕しない条件だった。
当面命は助かるが、そんな屈辱的な条件、受け容れる事など出来ない。


「絶対脱走不可能な場所ですが、少しでも変な動きをしたら本当に手足を切ります。
 手足くらい無くなったってあなたの価値に変わりはありませんから」


とてもじゃないがキラの裁きを再開する事も出来ないし。
だが僕は竜崎の言葉に慄きながらも、こっそりとほくそ笑んでしまった。


……絶望の淵から、這い上がった。
やはり僕は、ツイている。
この世界から必要とされている。


取り敢えず今は、この条件を飲んで良いのだ。

あとは、国内にいる間に何とかミサを上手く動かす。
僕を穏便に国外に出したいのなら、その隙は絶対に訪れる。
そして嫌疑を掛けさせて、レムにLを殺させれば……。

邪魔者が二人とも消え、レムのノートが僕の手元に恐らく残る。

それが出来なくても、最悪レムと交渉してウエディ、竜崎の順で消せれば
後はレムを騙してノートを取り上げるなり、本部のノートをすり替えるなり
すればいい。

おまえは、結局最後の詰めの甘さで僕に負けるんだ……。


「どうですか?」


そう言われて、再び顔を上げる。
椅子の上に足を上げて座った竜崎の足の、きれいな爪。
僕は能面のような顔を作りながら顔を寄せて、その爪先に口をつけた。


「では契約成立という事で」


頭の上で、竜崎がニヤニヤしている気配がする。
いい気なものだ。

それで結構なのだが、少しだけ遊んでみたくなった。
コイツと過ごすのも、本当にあと少しだ。

ちろりと舌を出して、親指を舐めてみる。
目に見えるほどの反応があるとも思っていなかったのに、
足がピクッと震えてこちらの方が驚いた。

へぇ……結構足、弱いんだ。

もっと舌を出して、爪の間を探るように舌先を這わせてみる。
少ししょっぱいような、苦いような、何とも言えない味が微かにした。

数多の他人がどんな格好で歩き回ったか分からないラブホの、
絨毯の繊維の味かも知れない。
普段の僕からは考えられない不潔さと屈辱だったが、その時は何故か
竜崎を動揺させる事が最優先、それ以外は何も気にならなかった。

親指全体をゆっくりと唇で包んでみる。
口内に含んで吸ってみる。
軽く噛んでみたり、舌で転がすように遊んでみる。

と、竜崎が唐突に足を引っ込めて逃げた。


「どうした?竜、」


驚く程すばやく椅子から片足を下ろし、唸りながら僕の襟首を掴む。
ぐっと引き寄せて膝立ちにさせて、噛み付くように口を押し付けて来た。


「ん〜〜〜!!」


僕も竜崎の服を掴んで押し返すと、漸く離す。


「っ何なんだ!急に!」

「それはこちらのセリフです。同じ男なら分からないとは言わせませんよ?
 責任取って下さい」


言いながら手早くジーンズとトランクスを脱いだ。
再び椅子の座面にしゃがみ込むと、その股間にグロテスクにそそり立つ物が。
僕は初めて自分が何をしたのか気づく。

不覚……。

竜崎が、固まったままの僕の髪を掴んだ。


「さっきの要領で。歯は、立てないで下さいね……?」


そのまま、僕は竜崎の立てた脛の間に、顔を埋めさせられた。






「後は、夜神さんにご挨拶をせねば」

「は?今更何を?」

「息子さんを下さいと」

「殴っていい?」


ホテルの代金を、僕も払うと言ったが、結局竜崎が強引に押し切って
ポケットの中にあった皺だらけの札で払った。

その前に部屋の中の触った場所も札も、丹念に指紋を拭っていたのは
流石に用心深い。

それから僕たちは、タクシーでまた昨夜の神社に向かっていた。


「夜神さん、許してくれますかね」

「……僕が、Lの率いる捜査局に就職するとでも言えば反対はしないだろう。
 息子の就職先に口を出すような人じゃない」

「そうですか。安心しました」


そんな物、証拠を……僕が書いたミサへの手紙を見せて
キラ容疑が確定したから個人的に捕獲すると言えばいいんだ。
僕を、一瞬も自由にさせず拘束した手管は見事な物だが、
竜崎はこんな所で抜けている。


「それにしても、以前言った通りになりましたね」

「何が?」

「あなたみたいな弟なら欲しいと言った事があるでしょう?」


……おまえはキラを拘束して、何をするつもりだ?


「何だか、浮かれてるね」

「ええ。やっとあなたを手に入れたと思うと。
 勿論、キラの犯罪の詳細を聞くのも楽しみです」

「……」

「あなたが隠したり嘘を吐いたりしない限り、拷問はしませんので
 安心して下さい」


安心できはしないが。
まあ、尋問ではデスノートの所有権の事だけ上手くはぐらかして、
近い内に殺してしまえば問題ない。

最後の最後に、もし時間があれば教えてやるよ。
僕にとってレムは切り札だった事を。




早朝の神社には、意外と沢山の人がいた。
犬の散歩、ウォーキング、走っている人も掃除している人もいる。

だがガサガサと藪の中に入っていく男二人を見咎める者もなく、
僕たちは下草を搔き分け携帯電話を探し続けた。
案外と、30分程で小さく点滅するライトを発見する。
あの暗闇でも大体の方角を覚えていた自分を褒めてやりたい。

デスノートは、残念ながらというか竜崎が一緒なのだからどうしようもないが
やはり完全に灰になっていた。
昨夜掛けた土と混ざって、もう跡形もない。

竜崎はそれを見てさすがに安心したように息を吐き、
それから僕の手首を掴んだ。


「なに」

「捜査本部にあるデスノートを処分するのは大変ですが、
 協力をお願いします。
 あなたの言葉添えがあれば、皆さん納得してくれると思います」

「別に。自分が管理すると言って国に持ち帰って処分すれば
 いいんじゃないのか?」


出来れば捜査本部のノートの処分は先送りにして、何とかすり替えたい。
こちらは竜崎の目があるから望み薄だが。


「皆さん、命を預けるほど私を信用していませんよ」

「なら、もし誰かが死んだらその遺族に膨大な金を贈ると約束したら?」

「誰だっていつかは死ぬのに、何故私が掛け金なしの生命保険みたいな事を
 しないといけないのですか」

「とてつもない金持ちの癖に」

「それに、誰かが偶然心臓麻痺で死んだりしたら、間違いなく私が使ったと
 思われますよ。只でさえL=キラ説も根強いんです。
 何かの拍子に私が殺人ノートを持っている事が噂でも広まったら」


やはり、用心深いな。
小心者と思えるほどに。
だが、それくらいでないとこの世界、生き残って行けないのだろう。


「捜査員全員の前で処分する事、これは絶対です」


それでも、僕は服従すると誓ったのだから、問答無用に言う事を聞かせても良いのに
こうして丁寧に説得するのは……。


「どうして、僕は処分しないんだ?」

「言ったでしょう?あなたに恋したからです」

「でも僕が従わなかったら容赦なく逮捕するんだろう?」

「当たり前です」


……やはり、竜崎は「恋」を勘違いしている。
よしんば本当に感情があるにしても(男同士でゾッとしないが)、
恋はすぐに醒める。

きっと、十分に「キラ」を楽しんだら、竜崎は僕を捨てるだろう。
しばらくは大丈夫そうだが、出来るだけ早く手を打たなければならない。


「その目。私を、信用していませんね?」

「……無理もないだろう?」

「そうですね。当たり前と言えば当たり前です。
 私もあなたを信用していませんし」

「……」

「信じていませんが、愛しています。
 こういう愛の成就のさせ方は、一つしかありません。月並みですが」

「それが拘束監禁か?」

「はい」

「歪んでる」


小学生時代、虫博士と呼ばれていた同級生がいた。
夏休みの自由研究は毎年昆虫採集。

蝶が好きで好きで堪らない、と言いながらいつも網を振り回し、
捕まえた蝶をピンで留め。
少しでも羽に傷があると、「こいつはボロだ」と言って捻り潰し
ポイと捨てていた。

好きな物に対してどうしてそんな事が出来るのだろうと不思議でならなかったが
竜崎ならきっとアイツの気持ちがよく分かるのだろう。


「何を笑っているんですか?」

「いや……僕は、まるで蝶のようだと思って。
 おまえは、僕の良心とやらが、一筋の蜘蛛の糸だと言っていただろう?
 それで結局、こうして蜘蛛の巣に捕まっているんだから」

「ああ。蝶なら、蜘蛛の糸に縋った時点でお終いですね」

「そういう事」

「それが、面白いんですか?」


面白いね。
だって蜘蛛は気づいていない。
その巣に掛かった蝶が、巣を壊し蜘蛛を殺せる、鋼鉄の羽を持った蝶である事に。
決して食べる事が出来ないどころか、危険極まりない獲物である事に。






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