Strong smile 5 「結局コンドーム、使いませんでしたね。忘れてたんですか?」 「いや……そういうのは、おまえが気をつけろよ」 「私は着けなくても不都合ないですし」 「あのねぇ、マナー以前だよそういうの」 「大丈夫です。女性相手の時は忘れません」 「……」 「月くんは随分長いシャワーでしたが、もしかしてお腹壊しましたか? 私の精液で浣腸効、」 肩の辺りにあった頭で顎を頭突きされて、もう少しで舌を噛む所だった。 揶揄い甲斐があるが、その分危険だ。 交代でシャワーを浴びた後、シーツを換えてベッドに横たわり、 夜神の望みどおりに裸で抱き合って寝た。 行為の最中は出来るだけ触れたくないようだが、 事後抱き合うのは夜神流の「L懐柔術」の一環なのだろう。 まあ頑張って欲しい。 それに、これが母親とのスキンシップの代替になるのかどうかは怪しいが 他人とこれほど広範囲肌を触れ合わせたのは初めてで、 この体温と感触は悪くない。 私自身が夜神に溺れる事はないが、世の中に「セックス依存症」という ものがある理由は、何となく分かる気がした。 「月くんは、平均体温が並外れて高い方ですか?」 「いや、普通だと思うけど」 「では、熱がありますね。こういう事の後はよくあるそうです」 「……解熱剤も買ったし、さっき飲んだから大丈夫」 「さすが月くん。抜かりなしです」 それなら、あと二時間もすれば仕事に取り掛かれるだろうか。 「いいよ」 「何がですか?」 「時間がないって言ってただろ? 僕におまえの個人情報を叩き込むんじゃなかったのか?」 「ええまあ。でも個人データというよりは」 よく日の当たる、古い書斎を思い出す。 書斎自体は古いが、そこに並んでいるのは最新科学雑誌や論文、 それに犯罪研究に関するあらゆる書物だ。 カーテンは臙脂の地に、野花をデザイン化したプリントと刺繍。 私が座っているのは、深緑のベルベットの猫足の椅子、 教授の車椅子は当時まだ多くなかった電動式だが、 動く度に高いモーター音が癇に障る。 「私の中の、環境犯罪学の知識を、全てあなたに伝えたい」 「無理。教授がカマ掛けてきそうなのに絞ってくれ」 「やっぱり、バレてましたか」 私は夜神に、私の身代わりとして教授を訪ねて貰おうと思っている。 それなりに危険が伴うだろうから私自身が行くのはまずいが、 この問題をこのまま放置する気はない。 そして夜神も、「頼みたい事がある」「個人情報を伝える」その二つの情報で その事を的確に予想していた。 「でもそもそも顔が違うけど、バレないのか?」 「教授は当時から目もあまり良くなかったですし、私も成長過程で結構 顔変わってるんですよ。 この通り東洋の血が混じってますし、月くんもハーフっぽいと 言えなくもない顔ですから、そこは問題ないと思います」 「髪は?黒く染める?」 「いいえ。子供の頃の私は金髪に近いブラウンでしたから、 月くんの髪の方が違和感ないです」 「聞いてると、おまえ自身が行っても追い返されそうな勢いだな」 「せいぜい『私自身』として、教授の信用を勝ち取って下さい」 ……夜神なら、出来たと思う。 教授が「アーロン」を認識するとしたら、顔ではなく知識、 そして思考パターンだろう。 夜神なら、どんな質問にも私が考えそうな事を考え、即答出来る筈だ。 ……夜神なら、出来た筈だ。 その午後はベッドの中で、翌日は資料を使って、私は夜神に 環境犯罪学の基本と教授が食指を動かしそうな事例について叩き込んだ。 それと、教授に学んでいた頃の私の様子と、私のいた屋敷の風景と、 教授と交わした全ての、と言っても多くない、雑談。 ……完璧だった筈だ。 私が与えた知識に関しては。 完璧でなかったのは、教授のキャラクターについて読み間違えた事だろうか。 それとも、夜神との信頼関係だったのか。 同じ快楽を追い、肌を合わせただけでは、足りなかったのだろうか? もっと、他に話す事があったのだろうか? 翌々日、夜神に発信器と小型マイクを持たせると、 「まかせておけ」と、男でも惚れ惚れするような笑顔を見せた。 笑顔を残して教授の棲家へ向かった。 そして消えた。 --了-- ※Lは頓着していないようですが、実際尿道から細菌が入ったら大変なので、 ゴムはつけるべしです。 らしいです。
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