Strong smile 翌朝夜神は、どことなく暗い顔をしていた。 未遂と言えなくもないが、一瞬でも私と体を繋げてしまった事を 後悔しているのかも知れない。 「何でおまえがそんな顔してるんだよ」 「いえ。昨夜の自分に、強引な部分がなかったかどうか反芻していたんです」 「大丈夫。レイプされたなんて思ってない」 「そりゃそうでしょうけど」 「……」 「あなたが誘ったとは言え、何かといきなりすぎたかと」 「!誘って、」 「ないですか?」 昨日と同じく顔を近づけ覗き込むと、歯を食いしばりながら目を逸らした。 今までのように思わせぶりな態度だけではなく、昨夜ははっきりと 「抱いて欲しい」という言質を取っている。 「月くん、私とするのは、嫌でしたか?」 「……いやそんな事は、ない」 「そうですか。それでは、今度は私からお誘いしても?」 「え?」 あからさまにギョッとした顔をする。 あまりにも想像通りの表情をされて、笑ってしまいそうになった。 「おまえは、別に僕としたくないんだろう?」 「そうでしたが、あなたの中があまりに良かったので」 変質者を見る目で見られるかと思ったが、今度の予想は外れた。 瞬時に頭を切り換えて、私の狙いが何なのか考え始めている。 用心深く探るように、目を眇める。 「というのは冗談ですが、その後あなたに頼みたい事があるんです」 「……何?」 「多分、あなたにしか出来ない事です」 「引き受けるよ」 何も尋ねず考えもせず、まっすぐこちらの目を見て即答した。 最終的には引き受けざるを得ないと予測はつくだろうが その割り切りの良さはいっそ小気味が良い。 「内容も聞かずにですか?」 「言っただろ?おまえは僕の飼い主だ」 「そうでした。ただ、私もあなたを信用したいんです。 あなたに私の個人情報をたくさん伝えなくてはなりませんから」 「それでどうしてするという話に、」 私が求め、夜神が供する。 形だけでもそんな既成事実が必要な時もあるという事だ。 初見の相手と大きな契約を交わす前に、不要な物でも一度小取引をする事は 少なくない。 その成功を信用手形とするからだ。 そして私の信用を買うのに、夜神が私に提供し得る物はその命と、体しかない。 「……そうか。テニスか」 改めて、夜神の察しの良さに感嘆した。 大学に入った夜神と、形ばかりの友人関係を築く為の最短手段として使った テニスの試合だが、確かに目的だけでなく強引さや唐突さまで似ている。 「そうです。テニスです。 あなたと私は充分に信頼関係が成り立っていると、確認する儀式が必要です」 「……別に構わないけど。 言って置くが、僕は儀式としてなら誰とだって寝られるタイプだから あまり意味はないよ」 「そうでしょうか?今度は吐いたりしませんか?」 「しない。昨日は、何というか、ちょっと予想外の感覚だっただけだ」 「分かりました。それでは昼食後、12:30からというのはどうでしょうか」 「え?今日?昼間から?」 何かおかしいだろうか。 人々が昼間酒を飲まず、セックスをしないのは、仕事があるからだと思うが 我々の時間は自由だ。 さすがに酒は、咄嗟の場合判断を誤る可能性があるので飲まないが、 相手があれば致すくらいは構わないのではないだろうか。 「あまり時間がないので。それまで自由行動とします」 「何故?」 「買い物があれば出来る、という事です。お金を渡します」 「買い物って何だよ」 「それはあなた次第ですよ。コンドームやローションやゼリー、 欲しい玩具があればそれも、自由に買って貰って構いません」 それしか知らないのか、夜神の右拳が飛んできたので頭を反らして避けて その手首を肩と手で挟んで押さえる。 「いいんですか? 裸で絡みあっていたら、私、我慢出来なくなるかも知れませんよ?」 それで漸くお互い下着一枚だと気付いたのか、刷毛ではいたように両耳を紅くして 力任せに腕を引き抜いた。 それから着替えを掴んで早足でバスルームに籠もってしまう。 「月くん。私も今から外出します。 時間が余れば自分で拡張しておいていただいて結構ですよ」 ドアの外から声を掛けると、ガンッと蹴る音で返事をされた。
|