神算鬼謀 3
神算鬼謀 3








男の子だ。小学校高学年くらいか。
目をまん丸に見開いて無言で寄り添っている僕たちを見ている。


手ぶらなのを見ると、虫取りに来た訳でもなさそうだ。
小声で話していたつもりだが、漏れ聞こえてしまったのか。
いや、探知器が高い音を立てていたのが聞こえたのだろう。


「……」

「……」

「……」 


三者三様、見つめ合って動けない。
彼の目に僕たちはどう映っているのだろう、
怪しい、という以前に竜崎なんか幽霊か妖怪と間違われていないだろうか、


「……」

「……」

「……邪魔しないでいただけますか」

「ひっ、」


遂に竜崎が、口を切ったと思ったら、
子ども相手に容赦なく凶悪な視線を送って低い声で凄んだ。
小学生からすれば、泣くほどでなくとも相当恐怖だろう。


「す、すいま、」


子どもは、引きつった声で何か言って、きびすを返した。
来た時と同じように、がさがさと去っていく。

あの子は、自分が「世界の切り札」に出会い、その顔を見た事に
気付かずに生きていくんだろうな。
などと微笑ましく思っていると、


「ほーもー!ほもがいた!いちゃいちゃしてた!」


恐らく友人に向かって、叫びながら遠ざかっていく。
それよりもっと遠くから、


「まじ?見にいくぞ!」

「やめとけ!キメェ!」

「つか殺されるぞ」

「通報する?」

「不審者?」

「不審者ぽかった!チョー怪しかった!」


その騒がしい声が引き金になったのか、それとも少し日が陰って
気温が多少なりとも下がったのか。
今まで眠ったように鳴りを潜めていた蝉が、一斉に鳴き始めた。

蝉時雨……そんな筈はないのだが、久しぶりに聞いたような気がする。

小学生時代の夏休み、そして中学の部活の合宿の空気が脳裏に蘇る。
あの頃は、自分がどのくらいの位置にいるのか分からなかった。
自分のポテンシャルが全国で何番目くらいなのか、興味があって
僕にしては頑張ったな……

少し和んだが、竜崎は煩そうに、はあっと大きな溜息を吐いた。

止まっていた時間が、動き出す。


「通報される前に、帰りますか」

「ああ……こっちから、反対側に出られる。外を歩いて車まで行くか」

「いえ、呼びます。それにしてもこの蚊、」

「掻くなよ。掻かなければすぐに治まるし痕も残らない」

「無理です。痒いです」


自棄のようにがりがりと掻くので、血が出ている所もある。


「それにこの騒音……ニッポンの夏は凶悪ですね」

「日本人の大半は、蝉の声を騒音だとは捉えていないよ。
 むしろ、ノスタルジックだ」

「私もこの気違いじみたノイズにノスタルジアを感じられるような境地に
 立ってみたいものです」


ブツブツ言いながら片手で携帯電話を取り出し、片手は僕の手を掴んだまま、
藪の中を漕いでいく。
やがて神社の裏手の外垣に出た時には、どうやって場所を特定したのか
例のクラシックカーが待っていた。


「本当に……もうちょっとマシな場所はなかったんですか?」


……人が真面目に考えたっていうのに。
やはり隠してある殺人手段を探すというのは目的ではなく建前だった、か。

かと言って純粋に僕に外気を楽しませたかった訳でもなく、
先程の話をしたかったから、連れ出したのだろう。

つまり、死角のない本部では出来なかったし、
何を聞いても気にしない筈の運転手にすら聞かれたくなかった。
他に「L」がいたとしても関係なく、完全に、一対一の取引、という訳だ。


「さっきの……」

「まあ、考えておいて下さい」

「……というか、なんで夜、部屋で話しないんだ?
 まさか監視されていないっていうのは嘘、」

「じゃないですがすみません録画はしてます」

「っっおい!!」

「大丈夫です。見るとしたら私だけですし、オカズ目的以外では使いま」


これは殴ってくれという事だろう、と八割の力で殴ると、
ごろごろと石段を転がり落ちて行き、鎖で引っ張られて僕も転がった。

鎖が絡まった僕に、一瞬早く立ち直った竜崎が馬乗りになって
両手で胸ぐらを掴む。
石に後頭部を打ち付けられる!下手したら死ぬ!と一瞬汗が引いたが、
寸前で我に返ってくれたようで、止まって息を整えた。


「……まあ、これ以上蚊に食われるのもなんですし、貸しにしておきます」

「殴れよ。借りなんか作らない。
 僕はキラを捕まえるが、おまえと取引なんかしない」


矛盾していようが疑われようが、構わない。
もし僕がキラであった時の為の保険なんか、掛けたくない。


「そうですか……私の気持ちというか、精一杯の譲歩なんですけどね」

「……」


気持ち……。


「ああ、待たせると運転手が降りてきます」


竜崎は立ち上がって、鎖をじゃらじゃらと言わせながら服をはたき、
ポケットに手を突っ込んで背を向けた。


「待てよ」


呼び止めても、聞こえないかのようにコンクリートに埋め込まれた
玉石を踏んでいく。


僕だって、事件が終わっても竜崎といたい。
そのような事を口走ってしまった事もあるけれど、それは
夜神月として、だ。

自分がキラだったら、という前提で将来を考えたくなどないが、
もしそうなら甘んじて罰を受けたいと思う。


なのに竜崎は、キラを自分の手で死刑台に送る、という言葉を
曲げるつもりなのだろうか。
それとも、僕が望む死に方を選ばせてくれるつもりなのだろうか。

それは、竜崎の「情」なのか。
それとも。

聞きたいことがたくさんあったが、竜崎の背中はそれを拒否していた。





……いつか、竜崎が再び蝉の声を聞く事があったら、今日の事を
思い出すかも知れない。
懐かしみながら、ノスタルジアの意味を理解するかも知れない。

不意に、そんな光景が思い浮かんだ。
きっとそれは、僕が「今」の終わりを意識し始めたからだろう。


その時……次に竜崎が蝉の声を聞く時、僕はどこで何をしているのだろう。


この世に、いるだろうか。



少し前を行く背中が、陽炎のように揺れた気がした。
真夏の日光が全てを白く輝かせ、竜崎の輪郭すらも曖昧にしていた。




--続く--




※仮タイトルは「神社仏閣」だったのですが、あんまりなので検索しました。
 月が神ならLは鬼、ですかね。逆か。

※セミは人の気配がしたら鳴きやむものですが、ここはファンタジー蝉なので。






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