神算鬼謀 2 「今度はビール缶ですか?」 何度目かに金属ゴミに反応した探知機に、竜崎がうんざりした声を出す。 蚊に刺されたらしく、ぼりぼりと手や首を掻いている。 僕が虫よけスプレーを勧めたのに嫌がるからだ。 「一応神域なんですよね?日本らしくないというか、 無宗教層の多い日本らしいというか」 「……なあ竜崎」 「なんですか」 「こうして『携帯』を探すのは、おまえにとっても物凄くリスキーな事だよな」 見つかれば、僕がキラだというのがほぼ確定してしまう。 それは恐ろしいが、見つけると同時に、それを知っているLを 抹殺してしまうという選択肢もある。 次に僕が手にするのが、「カメラ付き携帯」だとしたら。 「はい」 「何故……こんな事をするんだ」 「キラ逮捕に繋がるから。という事を聞いているのではないですよね?」 「僕がおまえを殺すかも知れない、とは思わないのか?」 「正直、分かりません」 「……」 「でも、私が信じたいから信じる事にしました」 「記憶だけでなく、人格が変わったように見えたんだろ?なら、また戻るかも」 「それでも、私は今のあなたを信じます。 あなたが記憶を取り戻しても、私を殺さない方に賭けます」 「……」 竜崎が、とぼけた顔でとんでもない事を言った。 僕は、間抜けな顔をしないように必死だった。 竜崎の性格からして安易に人を信じるなどという事は有り得ない。 本当に信じてくれた、などと信じれば、僕の方が傷つく。 理性ではそれが分かっているのに、何だか暖かい物がこみ上げてきて。 それを押し殺すのに、随分苦労をして。 「……Lともあろう者が。涙一つでちょろいもんだな。 それとも、僕の体に溺れて頭が沸いたか?」 結果出てきたのは、自分でも「キラが言ってるんじゃないか」と思ってしまうような、 憎まれ口だった。 「まあ、私が死んでも私と同等の頭脳と情報を持った者が跡を継いでくれるので 後顧の憂いなしというやつです」 しばし見つめ合い、思わず吹き出すと、竜崎もしてやったり、といった笑顔を浮かべる。 まさか傷ついたような顔は見せないだろうと思ったが、 間髪入れず言い返してくれて、安堵した。 お互い、どうしようもなくコドモで負けず嫌いだ。 「涙なんかには動じません。 でも、あなたが本気で私の役に立とうとしてくれているのは分かりますから」 「おまえと同等の頭脳を持つ探偵が他にもいる、か。 それがハッタリじゃないとしたら、この世界も捨てたもんじゃないな」 「はい。Lは、キラとは別のアプローチで世界を守っています」 「世界を守ってるって、大げさだな。神様じゃあるまいし」 「キラだって神を気取っていますよ。 あなたと私は、異なる宗教の神のようなものです」 「だから僕は……っていうかここ神社だぞ?口を慎めよ」 「日本には八百万も神がいるのですから、今更一人二人増えた所で 驚きも慌てもしませんよ」 「それでも自分で神なんて言うな。みっともない」 「キラと張り合ってみただけですが」 本当に、負けず嫌いにも程があるというか。 キラだって、自分から神と言い出した訳じゃないだろうに。 「いつの時代も、宗教戦争は虚しい物です」 「そんな話してないだろう……」 「という事で、宗教統合しませんか?」 「は?」 「あなたが記憶を取り戻しても、現在のキラを捕らえ、殺人手段を提出し 全てを自白して今までの生活を捨てるなら、司法の手には引き渡さない」 「……」 「そういう取引を、持ちかけています」 突然、何を、言い出すんだ……。 僕に、キラを捉えろと。 現在のキラを含め、自分もまとめて竜崎に委ねろと。 そうすれば、命だけは助けてやる……。 「……僕はキラじゃないけど、それは許されない事だよ」 「世の中には許されない事なんてありません」 「大胆な事を言うね」 「人を殺したって食べたっていいんですよ、基本的に。 でもそういう行為は他者にとって不都合なので、『法』という物で縛られている、 ただそれだけの事です」 なるほど。 「法」より上の次元にある「神」なら、そんな物に縛られる必要はない。 それが言いたくて、さっき自分を神に例えた訳か。 その事がすぐに理解できるのは、僕が、同じく「法より上」に 立っているつもりの、キラだからなのか……。 「契約書もないし、司法の手に引き渡さない、というだけでは メリットがあるのかどうかも分からない。 そんな取引に乗る程おまえを信用してないし、おまえも神じゃない」 「『神がいることに賭けたまえ』」 「……パスカル?」 何故ここでパンセ?と思ったが、どうもこれは 「パスカルの賭け」だと言いたいらしい。 竜崎の好きな、「負けのない博打」だ。 ……神がいるとかいないとか、証明は出来ないけれど いる方に賭けておけば損はしない、とパスカルが言ったらしい。 もしいれば永遠の幸せを手に出来るし、 いなくて死後「無」になったとしても特に失う物はない。 今回の場合、竜崎が契約を守らなくても、キラの行く先は所詮屈辱と処刑台だ。 もし守れば、それを回避できる。 もし僕がキラでないのなら、この取引自体白紙に戻るだけだ。 「あなたはキラを、捕まえたいんですよね?捕まえるんですよね?」 「ああ……」 ならば、竜崎が信用出来ようが出来まいが、この取引にはデメリットがない。 僕が現在、「キラの自覚があり」「Lを殺して逃げおおせるつもり」でなければ、だ。 「でも、どうして、」 その時、がさがさと遠くで下草を踏む音がした。 咄嗟に竜崎の側に寄ると、竜崎も鎖を素早く手繰ってポケットに入れる。 打ち合わせた通り、手を繋いだ所で、藪の中から誰かが現れた。
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