神算鬼謀 1 クラシックカーなのに、滑るように静かな車内。 僕は運転手が気になって仕方がないが、竜崎は誰もいないかのように 平然と重要機密を話していた。 「あなたの人格が変わったように見えたのは、監禁していた時 『自分でもとうてい良い格好とは思えないが』『くだらない プライドは 捨てる』 と言った直後です」 「ああ……」 「その後、あなたは唐突に自分を解放しろと言い出した。覚えていますか?」 「覚えている」 「どう思いますか?」 どうって……あの時は。 手錠で繋がれてからこれまで、竜崎とは大した話はしていなかった。 時折、捜査上で気付いた事、あとは多少の(時には性的な)雑談。 だが昨夜。 僕がキラである事……ではなく、キラである可能性がある事を認めてから 竜崎は饒舌になっている。 僕たちは、かつてない程話していた。 勿論、記憶を失う前の僕……キラの話だが。 そして今日は、大学の事務手続きの名目で僕を連れだし、 僕が殺人手段を隠すとしたら、という場所に向かっている。 竜崎が言う、記憶を失った瞬間、というのは自覚がない。 寝ていた時以外で記憶が途切れたことがないからだ。 ただ、あの長かった監禁生活は精神的にも相当きつく、 日が経つにつれ、考えが堂々巡りになっていたり、 「あれ?今何を考えていたっけ?」と分からなくなる事が増えた。 竜崎が言うのも、初期のその瞬間の一つで。 突然方程式の解が閃いた時のように、 「僕はやっていない」 「このままじゃいけない」 と分かったのだ。 だがその事は既に竜崎に伝えてあるので、今回は 夜神月として客観的な意見を求められているのだろう。 「おまえの観察が正しいとしたら、殺人手段と記憶を手放すのに、 キーワードを言えば良い、という事もあり得るな」 「そうなんですよね」 「『くだらない』か『プライド』か『捨てる』か。 『捨てる』が怪しいけれど、自分で設定出来るのなら、 単語の下半分と次の単語の上半分を繋げた物かも知れないね」 「まあ、その内容よりも、キーワードで手放せる事が、重要です」 「キーワードで再び入手出来るかも知れないからか」 「それでも現キラが関係する可能性は大ですが」 自分で記憶を失うというのは、相当恐ろしいと思う。 特に自分が重犯罪者で、それを追う者と常に過ごさなければならない場合は。 いつどんな言葉を言わされるか、口走ってしまうか分からない。 だから、キーワードだとしたら絶対に、僕の容疑が晴れた後にしか出てこない言葉、 つまり次のキラの名前、あるいは次のキラが伝えてくる言葉、という事になる。 昨夜から、こんな話ばかりしている。 自分がキラだと思っている相手に、キラの捕獲方法を相談する竜崎も、 自分がキラだとしたら死刑になるのに、それに答えている僕も、 どこか狂ってると思う。 「ああ、ここだ」 車を停めたのは、自宅から少し離れた神社の前。 小学生時代、いつものメンバーと遊ぶのに飽きて ここまで遠征してきた事がある。 ……僕を妬み、嫌う奴はどこに行っても一定数居た。 それ以上に僕に心酔し、庇う奴が多かったからそれで困ったことはないが 偶には一人で、あるいは僕を知らない子どもと遊びたくなったのだ。 僕が殺人手段を隠すなら、いつも遊んでいた公園ではなく きっとこの神社だと思う。 「人がいないですね」 「まあ、最近少子化が進んでるし真昼だし」 「一応、鎖は私のポケットに入れておきます。 もし誰かが来たら、手を繋いでゲイカップルの振りでもして下さい」 「え」 それはかなり嫌だと思ったが、仕方がない。 今時、こんな日中に散歩に来る人もいないだろう。 「う……」 「どうした?」 車のドアが開いた途端、竜崎が固まった。 「なんですか……この熱気……」 「夏だからね」 「湿度もすごいですね。さすが日本です。ちょっと無理です」 「いや無理じゃないって。とにかく木陰まで行こう」 子どもみたいに嫌がる竜崎を車から引きずり降ろし、 トランクに乗せていた金属探知器を掴んで鳥居をくぐる。 「日光を浴びたのは、キャンパスであなたと弥と会って以来ですが、 殺人的ですね、これは」 「仕方ないよ」 「火傷しますよ……」 「おまえも日焼け止めを塗ったら良かったのに」 「そんな鬱陶しいものをつけるのも嫌です……」 楠の木陰にしゃがんでしばらくブツブツ言っていたが、 僕が隠し場所に案内すると言うと不承不承腰を上げた。 「それにしても、車の中であんな話をして良かったのか?」 「ああ。彼は大丈夫です。 私たちがカーセックスを始めても気にしないと思いますよ。 なんなら、試してみます?」 「殴るよ」 「やめて下さい。こんな所で体力を消耗したら、死にます」 この神社で物を隠すとしたら。 小さな森の中の、一番大きな木か、特徴的な倒木。 から見える、地味な木の近くだろう。僕の性格なら。 大きな木の根本にしゃがみこんでしまった竜崎を放っておいて、 手錠の鎖の届く範囲を金属探知器で探索してみる。 「まさか、金属で出来ていると思っている訳ではないでしょうね?」 「地中に埋めるなら、せめて金属の缶にでも入れているだろう」 「塩化ビニルの方がよくないですか?」 「どんなに遅くとも二、三年以内には掘り出すんだから 僕なら手近な缶を使う」 そうだな。地中の水道管と同じ素材なら耐久性はあるかも知れない。 悔しいが気付かなかった。 という事はキラだって気付いていない。 ……僕がもしキラだったら、だが。 「半径何メートル以内に近づいて記憶が戻ったりしてませんか?」 「今の所変化ないね」 答えても、探るように僕をじっと観察している。 モニタ越しでも僕が記憶を失った瞬間が分かった、という竜崎だ。 もし僕に、少しでも変化があれば絶対に気付くだろう。 ……僕がキラであったら。 その辺りは、予想しなかっただろうか? 記憶を取り戻すとするなら、ほぼ間違いなく竜崎の側で、だ。 その時、僕は全く動揺を見せずにいられるだろうか? 無理だ。 僕は自分がキラかも知れないなんて全く思っていなかった。 そんな所へ、大量殺人を犯した記憶が流れ込んできたら。 ……いや、気付かれてもいいんだ。 証拠を掴まれる前に「L」を殺せるのなら。 もしかしてこれも、この状況も、「キラ」の計算の内なのか?
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