シュガー・ボーイ 2
シュガー・ボーイ 2








どうしたものかと思いながら寝る事も出来ずにいたが、
竜崎は何やらメールをして一分も経たずに戻ってきた。


「で。もう寝ていいの?」

「だからちょっと待って下さい」

「何を?」

「そろそろ……あ。来ました」


耳に手を当てて何かを聞き取ったらしい竜崎の真似をしたが
僕には何も聞こえなかった。

だが、しばらくすると微かに、音というよりは気配のような振動のような、
そのような物が廊下をこちらに近づいて来る。


「ワタリです」


ぺたぺたと、僕を引きずって入り口に向かってドアを開ける。

全裸で?!


扉の向こうには本当にワタリさんがいて、失礼しますと慇懃に挨拶しながら
ワゴンを押して入って来た。
竜崎を見ても動じず、竜崎も恥じらう様子もない。
なんなんだ、この人達の関係は。


「もういいです」

「サーブは」

「私がやります」


英語圏の人達だった筈だが、捜査本部では二人とも日本語でやり取りする。
何をしゃべっているのかと勘ぐられないように、気を使っているのだと思う。

そんな所は細やかなのに。


「何……これ」

「ケーキとワインです」

「取り合わせ、おかしくない?」


ワタリさんが出ていってから、竜崎が勿体ぶってワゴンのカバーを取ると
中から出てきたのはガラスのドームに入った苺のケーキ1ホールと
赤ワインだった。

この夜中にケーキ?
とか、たった数分でどうやって用意を?
とか。

つっこむ所は色々あったけれど、取り敢えずこの組み合わせ方が
一番インパクトが強い。
ワタリさんは何故つっこまずに唯々諾々と用意したのだろう。


「月くんの為に、用意したんですよ?」

「いや……どう考えても元々あったものだろ?時間的に」

「そうですが、今、この時間に用意したのは、月くんの為です」

「いや……この時間から甘い物は……」


それはちょっと。
と言いたいが、自分の為にしてくれた事にケチを付けられる程
やはり僕は図太くなかった。


「ありがとう……」

「Happy Birthday 月くん。です」


どうしよう。どうしよう。
嘘だったと、言えない雰囲気になってしまった。


「いただきましょう」


そう言いながら、ホールケーキを前にして、僕の手もとをじっと見つめる。


「僕が……取り分けようか?」

「お願いします」


「私がやる」って言わなかったか?さっき。


「本当はね、」


竜崎が、口の両端を上げて小首を傾げる。
可愛いと思って欲しいのだろうか。
確かに可愛いな、爬虫類として。


「夜にケーキを食べるのは止められているのですが、
 月くんの誕生日のお陰で堂々と食べられます」


だから気を使わなくても良いんですよ、と言われているようで。
逆に何だか気を使う。
だって、本当は今日は僕の誕生日なんかじゃ、ないのに。

あのまま寝て、起きて、竜崎が父に昨日息子さんの誕生日でしたよね、
とか何とか聞いて、してやられた、と思ってくれればそれで良かったのに。

こんな事なら、本当に、嘘なんか吐かなければ良かった。



せめてもの罪滅ぼしに、自分でテーブルセッティングしてケーキを切り分け
ワインを開ける。


「僕は未成年だから、竜崎が飲むと良い」

「私は結構です。ケーキを食べたいので」

「……それってワインとケーキが合わないという事を認識してる発言だよな」

「合わせる必要ないですよ。ワインは月くん担当。ケーキは私担当で」


誰の誕生日だ!と言いたいが、実際誰の誕生日でもないので何も言えない。
それにしても一人で1ホール食べるつもりだろうか。
食べるだろうな、竜崎なら。


「お祝いのワインですから一杯は飲んで下さい。
 大丈夫です。私口堅いです」

「そう……じゃあ、一杯だけ」


まさかと思ったが、やはり全裸でテーブルに付かれた。
もうつっこむ気力もなく僕も椅子に座る。


「乾杯」

「月くんの誕生日に」

「ああ……ありがとう」


ワインを一口含むと、芳醇な香りが広がった。
多分、とても良い物なのだろう。


「美味しい」

「お口に合いましたか」

「ああ……なんだかいつも悪いな」

「いいんです。月くんは初めての友だちですから」


あの「L」に、そんな事を言って貰って光栄な筈なのに
どことなく胸苦しいのは、あんな関係になってしまったからか。


「竜崎……その件だけど」

「何か?」

「その、『友だち』とは普通、セックスはしないもんなんだ」

「そうですか……。では『初めての友だち』改め『初めてのセックスフレンド』
 という事で」

「いやいや、」


友だちとセックスフレンドでは全然意味が違うだろう!
初めてのセックスフレンドでは全く嬉しくない。

自棄になる訳ではないが、ワインが美味しくてつい二杯目を注ぐ。
竜崎は八等分したケーキの、既に二個目に掛かっていた。


「急な事でプレゼントも用意できなかったんですが」

「いいよ……そんなの」


おまえが(性的な意味で)襲ってこないだけで十分だ。
それが目的だったのに、こんなに祝われると心苦しくてならない。


「僕の方こそ、何かお返しをしなきゃ、
 高いんだろ?このワイン、」


言いながら、それでも竜崎が貰って嬉しいようなものは、ないんじゃないかと思う。
彼が望んで手に入らない物など何もないだろうから。
強いて言えば、人の「気持ち」か。

僕が、竜崎の気持ちが有り難く嬉しかったように、
竜崎の誕生日に、何か……ありふれたケーキでも上げたら、
誕生日を覚えていた「気持ち」に対して喜んでくれるかも、知れない。
いや、ないか。

そう言えば、竜崎の誕生日って、一体、いつだろう……。


「お返しが欲しくてした訳ではないんですが……」

「な、に?」

「私、このケーキと同じくらい好物なお菓子があるんです」

「へえ……そんなもので、良ければ、テーブル一杯に……並べて上げるよ。
 なんていうお菓子?」

「いえ、テーブルの下にね、あるんです」

「テー……ブル、下?」

「はい。テーブルの下の私の好物を、下さいますか?」


竜崎の目がきゅうっと細くなったのを見た所で
持っていたグラスがカタリと倒れる。
ああ……残り少なくて、良かったけど、でも、

テーブルの、下の、好物、

言葉の意味を飲み込めずに反芻している内に、
ゆっくりと竜崎と部屋の壁が回って、視界に天井が広がった。
鎖が張って、手を引かれたのだろう、竜崎が立ち上がった気配がする。


「丁度誕生日タイムも終わりです」


何とか頭を横にして時計を見ると、針は丁度真上を指していた。


「……本当の誕生日ならお返しなんか要求しなかったんですけどね」

「……」


そうか……当然僕のプロフィールなんか全て頭に入っている、か。
馬鹿な嘘を吐いたな……。


頭が朦朧として、全身の力が抜けるのを感じながら
僕はただ、横に立った竜崎の天を向いた一物と、その向こうの笑顔を見上げていた。





--了--






※実際はケーキに合うワインもあるようです。
  • ディナー・ショウ 1

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