Silent Assassin 5 部屋に戻ると、夜神は逃げるようにバスルームに閉じこもる。 扉に凭れてノックすると、「うるさい」と返事が来た。 「あまり客を待たせる物ではありませんよ」 「……」 「それとも一緒に入りましょうか? 男の身体を洗う、というサービスもあるそうですね」 ドアの前でしゃがんで待っていると、やがてゆっくりと扉が開く。 腰にタオルを巻いただけの夜神が、悪鬼のような顔で私を見下ろしていた。 「ありがとうございます」 と言って立ち上がると、悪鬼は黙ったまま私のTシャツの裾を持ち上げる。 どうやら脱がせてくれるらしい。 「サービス満点ですね」 「おまえが言い出したら聞かないのは知っている」 夜神は仏頂面のまま私のTシャツとジーンズを脱がせた。 面白くて為すがままにしていると、歯を食いしばって私の手を取り、シャワールームまで引っぱって行く。 「おまえは子供みたいだ」 そして妙に散文的な物言いをして、私の身体を洗った。 ソープをタオルで泡立て、洗車でもするかのように無頓着に磨く。 こういう所は……女性の方がもう少しやりようがあるのかも知れない。 「意外と気持ちよくも楽しくもないですね」 「僕はプロじゃないから」 「お返しにあなたの身体も洗った方が良いですか?」 「断る」 「そう言われると、」 泡だらけのまま抱き寄せると、さすがに少し抗う。 ぬるぬると、身体全体にローションを塗ったようで、慣れた肌がやけにエロティックな手触りだ。 身を固くする夜神の肩胛骨をなぞり、指先で背骨を辿りながら撫で下ろして尻の狭間へ。 人差し指で穴に触れるとぴくりと震え、石鹸のぬめりを借りて第一関節まで入れると、私の肩を強く掴んで耳元で息を吐いた。 「どうしました?」 「……思い出した」 「何をです?」 「最初に、」 ああ。 ロンドンのホテルで、初めて身体を繋げた時。 こんな風にバスルームで、石鹸を使っての不器用な行為だった。 入れた直後に夜神が逃げて嘔吐しはじめたので、未遂と言っても良いような出来事だったが。 「あの頃より成長しましたね。お互いに」 「そうか?」 「少なくとも私は、男を抱く事に慣れました。 自分では異性愛者だと思っていたので少なからずショックです」 夜神はくすりと笑ったが、私が指を深く差し入れたので、また喘ぐ。 「そんな、事。性的嗜好と、性交出来るかどうかは、無関係じゃないか」 「そうですね。今日のゴーゴーボーイのショウ、まるであなたと私のようでした」 「……ゲイでもないのに、男とセックスして、楽しんでいる演技をしている」 「はい」 「全ては金の為だ。ではおまえと僕は?」 夜神は……生きていく為、私の飼い犬を続ける為だ。 私は……。 「いずれにせよあなたは、今は金の為です。 自由に使える五万バーツ、日本円にして十四万。今のあなたには大金でしょう? 今夜は頑張って貰いますよ」 裸のまま部屋に戻り、備え付けの酒をグラスに注いで夜神にも勧めた。 折角南国に来たのだ、お互い多少羽目を外しても良いだろう。 「あなたが貰ってきたヤーマーもやりますか」 「……どんな薬」 「元気と集中力が出ますね。頭も冴えます。 あと、普通の人でも三日くらい寝なくても大丈夫になります」 「やらない」 「愛想の無い男娼ですね」 ニッと笑って見せると、夜神は黙って酒を呷った後、何故かニヤリと笑った。 「そういう商売してないから。 でも、僕のBodyは好きにして良い」 「?」 「縛っても良いし殴っても良い。どんなプレイをしても良いし……殺しても良い」 「……」 「それなら五万バーツの価値があるだろう?」 意地でも五万バーツ分きっちり商売をする、私に借りは作らない、という意味か。 私は思わず夜神の肩を突き飛ばして、ベッドに倒してしまう。 「あなたの命は私の物です。勝手に売り飛ばさないで下さい」 夜神は私の下で、不敵に唇を歪めた。 「分からないのか。魂を売ってやるって言ってるんだ」 「……」 「いくらおまえでも、僕を殺そうとすれば簡単には行かないだろ。 でも今晩中なら、ホテルの屋上から飛び降りろと言われたら飛び降りる。 楽に殺すなら今だぞ?」
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