Silent Assassin 5 ワイミーは口を半開きにしたまま斜め上を見上げて何か考え込んでいたが、やがて夜神と同じように小さく拍手をする。 漸く答えに思い至ったのだろう。 「なるほど……Fat ManとLittle Boy、か。 “神”につい引きずられたが、ミスディレクションだったんだな」 「すみません。簡単過ぎるのも失礼かと思いまして」 「いや、楽しかったよ。君のオリジナル問題かね?」 「ええ。急拵えで不出来でした」 「いやいや、中々見事だった。 君は、きれいなだけじゃなくて頭も良いんだね?」 「質問が良かったからですよ」 夜神は品良く笑って謙遜した。 「しかしまあラージには完敗だ。私には全く雲を掴むような話しだった。 よく“少年”から原子爆弾に辿り着いたな、君の頭の中はどうなってるんだ?」 ワイミーは愉快そうに笑って私のグラスにビールを注ぐ。 「私が最初からジャンとグルだったとは考えないのですか?」 「職業柄、嘘には敏感なんだ。 ジャンがさっき問題を考えたのは本当だよ」 「なるほど」 「今夜は君に譲るよ。それで、明日の晩なんだが」 早速顔を覗き込まれて、さすがの夜神も少し眉を顰めた。 「……ワイミーさん」 「いや、何も強引に抱こうと言うのではない。 明日はちょっとしたパーティーがあるので、同伴して欲しいんだ」 「それは」 私はテーブルの下で夜神の足を蹴った。 「いいんじゃないですか?ジャン。 正直さっきのクイズもワイミーさんの質問にかなり助けられたので、ワイミーさんにも副賞があって良い」 夜神は一瞬私の目を凝視して何か考えているようだったが、すぐに微笑んだ。 「そうか……そうですね、お供します」 「おお!そうか!」 それから、夜神は私をチラチラ見ていたが、目を合わさずにビールを啜っていると肩を竦めてワイミー氏と話し出した。 私がワイミーの事を調べるべきだと判断したのを汲んだ上で、一緒に行くと駄々を捏ね出さないかと待っていたのだろうが、そんな事をしたら怪しまれる。 今は我々がグルだと思われるのは不味い。 「そんな……自分で用意しますよ」 「でも君、ドレススーツなんか持っていないだろう?」 「え、そんな格式のあるパーティなんですか?」 「格式がある、という程ではないが、一応大使館主催なんでね」 「……」 「大丈夫。今のように堂々としていればいい」 ワイミーは夜神の肩を抱き寄せて耳に何か囁く。 夜神も苦笑しながら、小声で何か言い返していた。 「失礼、ワイミーさん。ジャンの気が変わらない内に連れて帰ります」 「そうか。ジャン、明日の昼にまた。寝過ごすんじゃないよ」 「はい」 私達はフォンを呼んで会計を済ませ、外に出た。 目敏く見つけた客引きが、遠くから何か言ってくる。 喧騒から逃れてまた喧騒だが、スピーカの人工的な音ではなく、生の声なので何となく耳に優しい。 私達は申し合わせたように一歩立ち止まってネオンを見上げ、息を吐いた。 「ええと……私、いくらであなたを買ったんでしたっけ?」 「何だよ。おまえがワイミーに付き合えっていったんだろ」 「そうですね」 「というか、あの男何者なんだ?分かったんだろ?」 私はポケットから携帯端末を出し、写真を表示して見せる。 そこには在仏外国人弁護士のプロフィールが羅列されていた。 「フランス?」 「情報が古いですが。このワイズというのが似てませんか?」 「そうだな、今より痩せているが、同一人物に見える」 「で、ワイズで調べた所、イギリス、フランス、タイの弁護士資格を持っているそうです。 今はタイのイギリス大使館のお抱え弁護士のようです」 「おまえ、クイズの答えを考えながらテーブル下でそんなに調べたのか?」 「ニアにメールしただけです。それもミスディレクションのお陰ですよ」 夜神は何故か不機嫌に口を引き結んだ。 「なるほど……それで大使館、か。おまえも呼ばれてたパーティだよな? しかし本当にただの弁護士かな」 「それを明日あなたに調べて欲しいんです」 「彼がテロ事件の犯人なんだろうか?」 「官僚連続殺人事件の被害者とも知り合いのようですしね。 何かとキーマンではあると思います」 現在の所は勘に過ぎないが。 彼は、絶対に何か知っている。 両方の事件に関わっている可能性も低くはない。 「で?僕はどうすれば?彼を誘惑でもすれば良いのか?」 「はい。彼は筋金入りのゲイらしいので、出来れば彼に愛されて秘密を探って下さい」 「……」 「勿論必要があればベッドも共に」 「了解した」 考えもせずにあっさりと了承され、肩すかしを食う。 少しは嫌がって見せるかと予想したし、半ばそれを楽しみにしてもいたのだが。 「だが、前に金髪に抱かれていなくて良かったとか言ってなかったか?」 「あの時と今では状況が違うでしょう。まさか嫉妬だとでも思ってたんですか? 今は何もしなくとも、あなたは私から離れられません」 「……まあね。それにしても簡単に寝ろって言うんだな、と思って」 何だ。その、こちらの腹を探るような目つきは。 「別に、嫌じゃないんでしょう?バーで既に、彼に抱かれるつもりでしたよね?」 「は?何故?」 夜神は顎を上げて、挑発的に私を睨み付ける。 特に嫌味を言うつもりはなかったが、その顔で。 歯止めが利かなくなった。 「クイズですよ。 あの問題なら、わざわざ“神”などというキーワードを出す必要はなかった。 あなた、私が答えをキラ事件だと思い込むように誘導しましたね?」 夜神は少し眉を上げ、どんな表情をするか少し迷うように口を引き結んだ後、ニヤッと笑う。 「……さあ。何の事だ?」 「私は、あなたが私に有利な出題をしてくれるのではないかと、少し期待しました。 だから簡単な誘導に引っかかりそうになりました」 「……それは、引っかかる方が悪いんじゃないのか」 「あなたは私の期待を充分踏まえた上で、私の裏を掻く問題を作った。 あなたがキラだと知っている者だけが落ちる陥穽を仕掛けた」 「そこまで考えてない。偶然だよ」 「あなたに限っては、偶然などという事はあり得ません」 「……」 「そんなに彼に買われたかったんですか? あるいは、私に買われるのがそんなに嫌でしたか?」 夜神は目を眇めて私を睨んだ。 「おまえのその、僻みっぽい性格は直した方が良いぞ」 「僻み?ですって?」 「言えよ。嫉妬したって」 「は?」 「おまえの命令で他の男に抱かせるのは良いけれど、それ以外は我慢ならないって」 くらりと、目眩がしそうになって思わず目を閉じる。 二秒後に瞼を上げると、夜神はこちらを見つめたままニヤニヤと笑っていた。 「……コーラしか飲んでないくせに、酔ったんですか?妄言が酷いようですが」 「ああ。全然大丈夫。バーでの事が気に障ったのなら悪かったよ」 「……」 「キラ事件を連想させるキーワードを使ったのは認める。 でも、おまえなら多少巫山戯てもきっとワイミーより先に正解すると、思ってた」 「私を試した、と?」 「そういう事。でも、信じてたからこそ、だよ」 険悪な空気になった後でも、白々しくそんな台詞を吐ける部分はある意味尊敬する。 だがそんな所も許しがたい。 先に自分の非を認める事によって相手に敗北感を抱かせるという、日本人らしい心理戦。 そんな物は私には通用しない。 「……すぐに謝る位なら、喧嘩なんか売らなければ良いんです」 夜神は黙ったまま肩を竦める。 背後から横から、客引きの声が煩い。 「え、」 私は強引に夜神の肩を抱いて、速歩で歩き始めた。 「ちょ、急に何!離せよ、歩きにくい」 「こんな所でゴーゴーボーイの相手をしていても時間の無駄です。 早くホテルに戻りましょう」 「何で」 「五万バーツ分」 「!」 「たっぷりとサービスして下さいね? ヤーマーの効果も試しましょうか」 「……」 抱いていた夜神の二の腕に、ぶつぶつと鳥肌が立つ。 身体は正直、というやつだ。 常日頃から自分は私に飼われている犬だと、自虐的に口にする夜神だが。 生きる為に囲われているのと、金で買われる事にはきっと大きな差があるのだろう。 肌が粟立つ程に。 虫酸が走る程に。 ホテルのエレベータに入った所で輪ゴムで止めた札束を押しつけたが受け取らなかった。 強引に掌に押しつけると、いきなり平手打ちされる。 私も無言で叩き返した。
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