Silent Assassin 3
Silent Assassin 3








隣でフォンが、「もったいな〜い!」と小声で叫んでいる。


「はははっ。なよなよしていない、媚びない所がまた良いね。
 やっぱり君は私のファムファタールだ」

「女じゃないですけどね。
 こんな勝負はどうでしょう?二人で僕の出すクイズに答えると言うのは?」

「謎掛け姫、か。なかなか面白い趣向だがそれは困るな」

「どうしてですか?」

「年代が近い方が知識も重なるだろうから、圧倒的に私の方が不利だ」

「そんな問題を出すつもりはありません。
 では、こうしましょう。まず問題を聞いてから参加するかどうか決めて下さい」

「良いのか?」


ワイミーは私に顔を向けて訊く。
頷いて見せると、夜神は背もたれに凭れ掛かって足を組んだ。
少し考えた後、起き上がってテーブルに肘を突く。


「こんなのはどうでしょう。ある物語の断片を、僕が伝えます。
 その後、質問をして貰えれば、僕はそれにyesかnoかno relationで答えます。
 先にその物語の内容を当てた方が勝ちです」

「Yes/Noクイズだね。その物語とは?」

「ある人物が人々の為に神に祈った。神はその人物の願いを聞き入れた。
 その人物は絶望した。その人物は誰でしょう?」


なんだその曖昧な問題は。
後でいくらでも答えを変えられる、私が好きではないタイプのクイズだが。


「うーん、抽象的だね。そんなシチュエーションはいくらでもあると思うが。
 何かのフィクションかね?」

「質問するという事は、乗るという事ですか?」

「ああ。面白そうだ、良いだろう」

「ラージも良い?」

「ええ、勿論」


私も頷くと、夜神は満足そうに顎を上げて答えた。


「では先程の答えは、noです。
 勿論僕の情報だけでは色んなシチュエーションに当てはまりますよね。
 なので、僕がどの件について話しているのか、質問によって絞って下さい」

「分かった。フィクションではない、という事は実在の人物か?」

「yes」


平凡な人間なら、まず「祈りの内容」を当てようとするだろうが。
現段階ではどうしても当てずっぽうになる。
外堀から埋めていくのは頭の良いやり方だ。


「マリーアントワネットは関係あるかね?」

「関係ありません。しかし、発想の飛躍は良いですね」

「それは、ミステリかね?」

「Yes、と言えなくもない」


どうやら質問に制限はないらしいので、私も取り敢えず一つ訊いてみた。


「その人物の生まれは関係ありますか?
 その国籍、あるいは性別だからこそ絶望した、とか」

「No。それは関係無い」

「その話に人死には出てくるかね?」

「Yes。出て来ます。沢山」


ミステリと言えなくもない、現実にあった事……。
沢山の死……勿論我々は知っている前提だ……。
ワイミーが知らなければアンフェアになるのだから、国際的な大事件だろう。

ここでワイミーと私は、二人とも唸ってしまう。
もしこのまま二人とも答えられなかったらどうなるのか。
先に降参した方が負け、という事になるのだろうな。

夜神も見知らぬ男に買われたくはないだろうから、私に有利な問題だとは思うのだが。
……いや、私の鼻を明かす為だけに身体を売るくらいはする、か。


「殺人ですか?」

「YesともNoとも言える」


明かな殺人、明かな事故……つまり銃乱射事件やシリアルキラー、航空機事故、自然災害等では、ない。
見方によっては殺人であり、そうではないとも言える……。
新興宗教の集団自殺……911テロ……死刑執行……キラ事件。

国際的に有名となると、可能性が高いのは911かキラ事件、だな。


「その人物の祈りの内容は、別の人物を殺す事だったかね?」

「No!でも重要です」

「その人物は、正義の為に戦っていた?」

「そうですね。主観ではYesです」


……まさか答えは夜神自身で、神とは死神の事か?
いや、それではあまりにもアンフェアだ。


「最初は神に祈りを聞き届けられたけれど、後に裏切られたという事ですか?」

「No」

「違うのか!ラージもジャンヌ・ダルクを想定していたのかね?」

「いえ……私は」

「敢えて“ある男”と言わず、“ある人物”と性別をぼかしてあるのだから、女性の話だと思ったんだが」


ワイミーも考えているな。
バカではないのは分かっていたが。


「ははは。Noですね。女性ではありません」

「では少年かね?」

「!」


夜神は少し目を見開いた後、面白そうに微笑んだ。


「Noですが……“小さな少年”は関係ありますね。
 セットで、“ある特徴を持った男”も出て来ます。これは大きなヒントです」


小さな少年……ニア、か?

とまで考えて、キラ事件で占められていた頭を一旦リセットする。
それではあまりにもわざとらしい。

頭を切り換えて、改めて「少年」から連想される言葉を走査して行く。
「少年達」なら、先程舞台の上で交わっていたが……。
そして、昨日の女装の美少年。


『日本人?チャイニーズ?』


私のナショナリズムなど……。
少年……。
と、セットになった、特徴を持った男……。
little boy and……


……まさか。


閃きに、つい胸が高鳴る。

現実に起こった、誰でも知っている大量死。
“その人物”は誰も殺したくなどなかった。その為に動いた。
主観では、正義の為に戦っているつもりだった。

神は、彼の祈りを聞き届け、“それ”を完成させた。
だが、その結果引き起こされた絶望。誰でも知っている、大事件。
今の所全てのピースが当てはまる。


「ある特徴というのは外見的な物かね?それとも中身の事かね?」

「YesとNoです」

「ああ、済まない。ついYes/Noを忘れてしまうな。
 では、その特徴は眼鏡を掛けているとか猫背だとか、よくある特徴かね?」

「Yes。ありがちな特徴です。その男独自の珍しい特徴ではありません」


疑いが確信に代わる。
私はゆっくりと口を開いた。


「その人死にとは、大量死ですか?それこそ何万という単位の」


夜神はニヤリと笑った。


「Yes」


それを聞いたワイミーも、ぽん、と膝を打つ。


「キラ事件か!その人物はキラか?」

「No」

「え?」

「その物語に出てくる“男”の特徴は、“太っている事”ですね?」

「あ、」


ワイミーが口を出す前に、素早く最後の質問をする。


「その人物とは、アルベルト・アインシュタイン博士。
 原子爆弾を開発するマンハッタン計画の引き金となる手紙をルーズベルトに出した。
 そしてその事を、死ぬまで後悔し続けた男。ですね?」

「!」


夜神はソファの背もたれにゆっくりと身を預け、ぱん、ぱん、と手を打った。


「……Yes」


ワイミーが、子供のように目を見開いて何度も瞬きをしながら夜神を注視する。
夜神は目を細めて私を見つめていた。


「おめでとう。今回はラージの勝ちだ」






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