Silent Assassin 2 「こっちのお兄さん、可愛いのね。恋人?」 「違います」 「お友だちね?」 「部下、ですかね。そうだ、今更ですがお姉さんの名前は?」 「私はフォン。タイ語で雨ね。多分雨の日に生まれたんでしょ」 なるほど。これがニックネームか。 「お兄さんたちは?」 「私は……ラージ」 「何が?」 けらけらと笑うフォンに構わず、夜神も自己紹介するように促す。 「ええと……月光ってタイ語で何て言うんですか?」 「セーンジャン」 「なら、ジャンで。月に関係ある名前なんです」 「そう。楽しんで行ってね、ジャン。私達、怖くないわよ?」 フォンが行ってしまうと、夜神はテーブルに突っ伏した。 「どうしました?」 「いや。何でもない」 「勃起しました?」 「するわけないだろ」 すぐに怒ったように起き上がって、残ったコーラを啜り始める。 「お代わりします?」 「もう出た方が良くないか?話は充分聞けただろ」 どうしたものか少し考えていると、フォンがまたやって来た。 「あちらのお客さんがね」 後ろの方の席を指差しながら、クスクスと笑う。 「ジャンに来て欲しいって言ってたそうよ」 「え……それって」 一瞬困惑していた夜神だが、やがて憮然とした。 「僕をゴーゴーボーイと間違えているという事ですか?」 「そう。チップ貰っちゃったから、私の顔を立ててちょっと行ってくれない?」 「嫌です。僕は客だと伝えて下さい」 フォンは笑顔を消し、舌打ちをして戻っていく。 「誰か他の人に会計を頼もう」 「はぁ」 だが、ボーイを呼ぶ前にまた笑顔を復活したフォンが戻って来た。 「凄く残念がってたわぁ。 でも、今気付いたけど、あのファラン、あなたの伯父さんの友だちと一緒に来てた人よ?」 思わず眉を顰める。 そう言えば行かざるを得ないと計算しての事だろう。 この界隈の人間は、少しでも金になると思えばどんなに無理な嘘でもすらすらと口をつく。 「悪いですが信用出来ません」 「本当よ!何なら本人に訊いてみたら?」 フォンの目を見たが……どうやら、本当に腹を立てているように見えた。 「私だって奇遇に驚いたんだから! せっかくラージが喜ぶと思って教えてあげたのに」 「分かりました……疑って申し訳ありません」 「いいのよ。あ、呼ばれているのはジャンだけだけど、私がラージを紹介してあげるわ」 「分かりました。でも何かの間違いだとややこしくなるので、フォンさんは伯父の事は言わないで貰えますか?」 「ラジャー♪」 尻を振りながら壁際のボックス席に向かうフォンに着いて行く。 夜神も、足を重そうに引きずりながら着いて来ていた。 「お待たせ!ミスターワイミー」 「?!」 ホールの隅の、薄暗がりの中。 やや恰幅の良いその男は、こんな場所に似合わぬ仕立ての良いスーツを着ていた。 ワイミーの名に一瞬驚いてしまったが、偶然なのか……。 ワタリとは似ても似つかぬ、この暗さの中でも分かる極端に色の薄い瞳。 「お目当てのジャンよ。近くで見ても可愛いでしょ?」 「ああ」 「こちらはラージ。あなたのライバルね。 今日ジャンをお持ち帰りしたいそうよ」 「そうか……ではいざ尋常に勝負、だな」 本気か冗談か分からないので、曖昧に頷く。 しかし柔らかい口調に反するこの目つきの鋭さは……。 「こちらはミスターワイミー。この店は何回目かしら。 タイに住んでるの?」 「いや。よくイギリスに帰っているよ」 イギリス人か……被害者の一人と顔見知りだというのは満更嘘でもなさそうだ。 「ジャン。こちらへ」 ワイミーは夜神に向かい、自分の隣を示す。 夜神は迷うように私を見たが、目の前であからさまに指示を出す訳にも行かない。 「いいですよ、“ジャン”。ベッドは譲りませんから」 「……」 夜神はワイミーの死角でしらけた顔をして、隣に座った。 すかさずワイミーがその肩を抱き寄せる。 「ははは。ラージは強気だね。そうだ、フォン」 「はい?」 「この店で一番高い子で何バーツくらいだ?」 「そうね……客にもよるけど、三千くらいかしら?」 という事は、実際は二千くらいか。 いや、チップなどを合わせればその位になるか……。 「なら私は五千出そう」 「はっ。競りですか。なら私は六千出します」 「八千」 「一万」 馬鹿馬鹿しい。この私に金で競り勝つつもりか? 私は、絶対に引かないぞ。 「二万。タイで豪遊したくて一生懸命アルバイトでもしたのか?」 「五万。私、本気ですよ?」 その時、口をぱくぱくさせているフォンを押しのけて、夜神がテーブルを叩いた。 「やめろ!おかしいぞ、二人とも。もっとまともに勝負しろよ」
|