Silent Assassin 1 日が暮れ始めてから、その名の通りのソイ・トワイライト(日暮れ小路)へ向かう。 日が落ちるのが早く、歓楽街にはネオンがキラキラと光っていた。 「昨日のパッポン通りでも思ったけど、意外と狭いんだな」 「そうですね。この辺りはこういった小さな路地に性風俗系の店が密集しています」 「ええと……あのアーチというか、看板の群れがある路地がソイ・トワイライトらしい」 スマートフォンで調べた夜神は、何やらごそごそとしていたかと思うとバッグを私に寄越した。 「パスポートと財布は今日はおまえが持ってくれ」 「ははぁ、昨日で懲りたんですね?」 「自分が同じ過ちを繰り返すとは思わないが、万が一という事もあるからな」 「いいですよ。私はこう見えて油断しないんで」 「……」 やたら「BOYS」「〜BOY」と書かれた看板の下をくぐり、狭い道に入る。 パッポンとは違い、女性は殆ど居なかった。 しかし、女装の男性や、とても性風俗を生業にしているようには見えない普通の少年が笑顔でこぞって客引きをしていて、それなりに華やかな風景だ。 夜神は平然とした顔をしていたが、いつもより半歩、私との距離が近かった。 「あの店です」 「入る……んだよな?やっぱり」 「その為に来ましたから。ネットで中のしきたりは予習しましたね?」 「ああ……それはある程度、したけど」 気が進まない様子の夜神の腕に、丁度その店の客引きの手が絡む。 私は別の店の客引きの女性(男)に服を引っぱられたが、振り払って件の店のドアをくぐった。 店内は外から見るよりも広く、タイの流行歌らしき音楽が流れている。 客席の半分ほどは白人男性、残りの半分が、タイ人かアジア人で埋められていた。 真ん中のカウンターテーブルの上には、白いブリーフ一枚の青年達が立って所在なげに身体を揺らしている。 私達は案内されるがままに、舞台のすぐ前のテーブルに着いた。 「ビールにする?それともコーラ?」 「二人ともコーラで」 「あたしもいただいていいかしら?」 「勿論です。どうぞ」 夜神がしきりに目配せをしていたようだが、気付かないふりで客引きの男性を隣に座らせる。 男性は服装は一般的な男性だったが、なよなよとした手振りでしなを作った。 そしてタイ訛りの英語で、どこから来たのか、ゴーゴーバーは初めてかと矢継ぎ早に話し掛けて来る。 「すみません、正直に言うとこういう所に個人的興味は無いんです」 「そうなの?」 「今回は感傷旅行で。他界した伯父が、その直前にこのお店にも来ていたようなんです」 「あら!最近の事?」 「ええ。一ヶ月以内です」 その時、照明と音楽が消える。 どうやらショータイムらしい。 電子音と共にカウンターにスポットが当たると、先程の青年達はもう居なかった。 代わりに音楽に合わせて踊りながら、全裸の少年達が出て来た。 驚くことに、全員勃起している。 夜神を見ると、揃えた指で口元を押さえて目を見開いていた。 「よーく見ておいて。好きな子を選んでいいのよ?」 少年達は、舞台の端に寄ってきては挑発するようにくねくねと腰を動かす。 何となく、昨夜の少年が居ないか探してみたが、居なかった。 「ええと。すみません、伯父の事に話を戻して良いですか?」 「ああ、ええ」 「一ヶ月前は、あなたはこの店に居ましたか?」 「二年前から居るわよ。最近は皆勤賞だから、伯父さんの事も覚えてるかもね」 勿体をつけてウインクするので、百バーツほど「彼女」のコップの下に差し込む。 「で。どんな人?」 「これなんですが」 一番最初の被害者の顔写真を差し出すと、心なしか眉が曇る。 「どうかしら……来たような気もするけれど」 「では、これは伯父の友人なんですが、如何ですか?」 残りの二人の写真も出すと、「ああ!」と言って一枚を指差した。 「この人は来てたわ!丁度先週よ。私、おごってもらったもの」 「そうなんですか。誰かペイバーしました?」 「それがそうでもなくてね。あなたと同じように興味がないと言って……。 そうそう、誰かと待ち合わせていたわ」 「誰か?」 「年配のタイ人で……とても金の匂いのする人」 「なるほど……」 舞台の上では、少年が三人に減っていて、代わる代わるディープなキスをしながら性器を弄りあっていた。 「彼等、ゲイなんですか?」 「まさか。お金の為よ」 「お金の為に、あそこまで出来ます?ちゃんと勃起もしてますし」 「プロだから。まあ見てなさいって」 その内に、二人が舞台に横たわって性器を擦りつけ合うのを周囲に見せつけていた。 やがて一人が四つ這いになり、もう一人が何度も勿体をつけた後、本当に尻の穴に挿入する。 入れられた方は悩ましげな声を上げながら、自分を扱いた。 なるほど。天性のゲイではなくとも、必要とあればこの程度の事は出来るものなのだな。 夜神は、コーラに口をつけたまま眉を顰めながら、舞台から目を逸らしている。 少年達はその後、立っていた一人が入れていた方の後ろに入れ、その後抱きかかえて前からファックしながら客席に降りてきた。 「凄いですね」 見て見ると、さっきまで舞台にいた少年達や青年の何人かが、下着姿で客席に座っている。 客に呼ばれ、気に入られればそのままこの店の階上かホテルに連れ帰られるのだろう。 「その金持ちそうなタイ人も、伯父の友人でしょうか」 「え?ああ、まだその話?」 「話を聞きたいですね。どんな人でした?」 「そうねぇ……」 もう五十バーツ握らせると、“女性”はハイテンションに私の頬にキスをする。 「でも、特徴はないのよ。痩せ型で色黒で……ちょっと彫りが深くて。 そうだ、昔のイギリス人みたいな、銀の柄のついたステッキを持っていたわ」 「銀の……どんな柄か覚えていますか?」 「何か動物……鳥じゃないのよ。人相の悪い猿、みたいな」 「ありがとうございます。またご縁があったらその人とも話してみたい。 数日滞在しますから、その間にもしそのご老人が来たら連絡貰えませんか?」 また百バーツ紙幣と共に電話番号を書いたメモを渡すと、“彼女”は耳の横で「OK」マークを作った。 本当は五百バーツくらい渡して念を押したい所だが、相場を外れ過ぎると逆に怪しまれる。
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