salvage 3
Salvage 3








「……で。二種類目は?」


掠れていて聞き取りづらかったが。
それが、夜神月が五年以上ぶりに、死んだ筈だった私に出会った時の
第一声だった。


「……デスノートに書かれて尚、死から逃れた者を調べる術は
 ありませんでしたが」


ニアはデスノートを二冊ともすぐに燃やしてしまった。
魅上が持っていたのと違う方のノートは撮影もしていないし
コピーも取っていないという。

少し終わり急ぎすぎな気もするが、夜神月を確保した以上
一刻も早く全てを終わらせたかった……という事にしておいてあげよう。
彼は、まだ幼い。


「国別統計で特に、アラビア語圏では犯罪者の死が極端に少なかったですね?」

「ああ。……警察の公正さにムラがあって、やりづらかったんだ」

「しかしそれだけでなく、明かな重犯罪者でも死ななかった者もいた」

「なるほど、そういう事か」

「そうです。さすがのあなたも、見よう見真似のアラビア文字は書き損じた」

「ちゃんと勉強しておくんだったよ」

「あと、ミサさんが書いていたと思われる時期に、共犯者の片方だけが
 死なないという事が何度かありました。心当たりは?」

「ある。あいつは、日本語ですら本当に誤字脱字が多かった……」

「魅上は『崎』と『ア』のような微妙な異体字も正確でしたけどね」

「職業柄かな、几帳面だったよ」


昔の教え子の話でもするように、微笑を浮かべる夜神月を見て、
私はその精神力に舌を巻かずにいられなかった。

あれほどの大量殺人を犯し、それが人の知る所となり、
死ぬより酷い場所で長い間監禁されて、
大昔死んだ筈の、それも自分が殺した筈の人間が目の前に現れる。
そのどれか一つでも並の人間ならとっくに自殺するか発狂している。

なのにこの、昨日手を振って別れたばかりかのような、
普通に日常生活を送ってきたかのような気丈な態度。


「それがデスノートに書かれても死なない人間の二種類目で、
 僕が今生きている理由、か」

「他に可能性が考えられない、というだけの推察ですが如何ですか?」

「同じ結論だ。僕は他の可能性も考えなくもなかったけれど
 単純にして明快なラインが一番現実的だ」


……死神が、夜神月の名前を書き間違えた。

馬鹿馬鹿しくて話にならないが、それ以外考えられない。
ニアの話では確かに死神は夜神月の名前をノートに書いていた様子だったという。

極限状態だった夜神月は、それを見ただけでショック状態になった。
だが、実際には夜神月の名前は正確には記されていなかった。

夜神月が倒れた後、SPKのメンバーがすぐに外に運び出し、
型どおりの救命措置を行うと、奇跡的に蘇生したという。

しかしニアは、すぐに夜神月の処分を独断で決め、日本警察には伝えなかった。
だから今も相沢さんや、愛すべきバカ・松田は夜神月は死んだものと
思っている筈だ。
いや、実際そうなる筈だった。


「参考までにその、他の可能性を教えていただけますか?」

「いや、愚にもつかないから良いよ。
 それにしても自分がいざデスノートに名前を書かれると気を失ったか。
 我ながら情けないな」

「仮死状態だったそうですよ。措置をしなければそのまま死んでました」

「ニアに礼を言った方がいいか?」


探ろうとする事を隠しもせず、上目遣いに見つめてくる。
以前より感情表現がストレートになったような気もする。


「お気遣いなく。また私の行動も、ニア公認なのでそちらもご心配なく」

「そう」


さすがに少しホッとした様子を見せる。
私は少なくともすぐには夜神月を殺したり、苦しませたりしないと
思われているらしい。


「で、おまえはどうしてあの時死んだ訳?」


微笑んでいるのは、本人に死んだ理由を聞く不条理さが面白いのだろう。
人と話をするのも数ヶ月ぶりなら、冗談を言うのもそれ以上ぶりという事になる。


「ショックで仮死状態になった訳じゃないだろ?」

「はい。ただ、ワタリが死んだ瞬間、自分の身も危ないと思いました。
 ですから常に持っていた、心臓麻痺の症状を呈する薬を咄嗟に飲みました」

「本当に名前を書かれていたら意味ないだろう」

「ええ。でも書かれていない方に賭けるしかありませんでした。
 そして、書く前に私が死ねば、書かないでいてくれるのではと思いまして」

「ははっ、松田方式か」

「はい、松田方式です。書かれても助かるとは思いませんでしたが。
 でも死んでおいて良かったです。デスノートで殺せないとなれば、
 月くん自ら手を下して私を殺したでしょう?」


あの意識を失う寸前の夜神月の表情を思い出せば、きっとそれは
絶妙のタイミングだったのだろう。

ノートに名前を書かれたのがワタリと時差があって助かった。
いや、先に私の名前が書かれていてもアウトだ。
本当に危なかった。


「そうだね。そうか……竜崎は本当にラッキーだな」

「月くんもですよ」

「そういう意味じゃなくて。竜崎は知らなかったと思うけど
 死神は自分が肩入れする人間の命を延ばす為に人を殺すと、自分も死ぬんだ」

「そうなんですか?」

「あの時、レムはミサを助ける為に、ワタリさんとおまえの名前を書いて死んだ」

「どうやって死神に自死を伴う選択をさせたのか知りたい物です」

「暗示しただけだよ。だが、僕が示したのはおまえの名前だけだし、
 その通りにしていたらレムは死ななかっただろう」

「なるほど。そうなれば、月くんは私は本当は死んでいないと察したでしょうね」

「逆に、もしノートに名前を書く前におまえが心臓麻痺で死んでいても、
 自分でもっと徹底的に調べただろうしね」


ワタリは……最期まで私を助けてくれた。
あのタイミングでしかも全データを消去して死んでくれていなければ、
私はデスノートで死んだ振りが出来なかった。
後はなりふり構わない夜神月に殺されていたかも知れない。


「そうですね。私の死体を見届けなかったのは月くんにしては迂闊でした」

「まさか父が裏切り者だとは思わなかったよ」

「私がお願いしたんです。脳に障害が残った振りをして
 今後一切『L』として活動出来ないので、死んだ事にして忘れて下さいと」

「ああ、父はそういう男気っぽい話に弱い人だからね。
 ……だったからね」


そこで夜神月は、初めて目を伏せた。
夜神さんの死んだ状況は、ニアから聞いている。

長い間一緒に生活していたから知っているが、夜神月は決して冷たい人間ではない。
自分を守る為に切り捨てた父ではあるが、後味が悪かったのは間違いないだろう。






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