S1+J  5
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「……さて。これを聞くのは……二十二回目ですが」

「何」

「動機です。あなた自身の」


相変わらずレムはLを殺さず、騙し騙し日は過ぎていた。
そろそろ何か策を練りたいが、三ヶ月以上何も思い浮かばない。

Lを始末する為に、ミサの線とレムの線、念の為に二つ用意しておいたが
二つとも駄目となると手も足も出ない。
Lが一時的にでも僕から離れてくれれば何とでもなるが、
用心深くてその機会もなかった。


「世の中の不条理を正し、善人のみが住む新世界を作りたかった」


目の前に台本があるかのように、棒読みで答える。
もう、何度も答えた内容だ。


「それだけですか?」

「その発想に至ったのには、自分の存在意義を確立したかったとか
 色々あると思うけど、前から言っているように、完全に明文化なんか出来ないよ」

「なるほど」


Lは初めて聞いたように頷き、マホガニーの机の上の物を乱暴にどけた。
メモ帳やらトランプカードやらが、ばらばらと床に落ちる。
それから偶々転がっていた油性ペンで天板に「raison d'etre」と殴り書いた。


「それまでは、存在意義を感じていませんでしたか?」

「いや……そんな事もないけど。
 勉強は出来たし、将来は警察官僚になって日本を良くしようとは思っていた」

「それは存在意義ではなく、目標ですね」

「目標と言う程遠くない、人生で必ず通る場所としてのランドマーク程度だよ」

「……」


今日は妙な事を聞くんだな。
そして、この何でもない雑談で考え込んでいるのも不気味と言えば不気味だ。


「なるほど……あなたにとって人生とは、イージーモードのゲームだった」


Lはそう言って、机に残っていたカードを一枚取り上げて、
まじまじと見つめた。


「ああ、まあ、そうかな」

「ハードモードにしてみようとは思いませんでしたか?」

「例えば?」

「家出をして学歴なしに自活してみるとか。
 多分無理ですがアメリカの大統領を目指してみるとか」

「何故そんな事を」

「簡単過ぎる人生は面白くないのではないかと思いまして」

「うーん、確かに僕は生まれつき恵まれている方だけど、
 自分が楽しむ為に生きている訳じゃないし。
 持っている物を最大限に生かして、社会に貢献したいな」


特に不自然な事を言ったつもりはないが、Lは目を大きく見開き
カードを放り出した。


「あなたは……驚くほど利己的なのに、驚くほど利他的なんですね」

「僕は、自分の為にデスノートを使った事はないよ」

「リンド・L・テイラーを殺した時はどうですか?」

「僕自身の為じゃ無い。キラと、キラが作る平和な新世界を守る為だ」

「恵まれたあなたが、更に殺人ノートに恵まれた。
 しかしその事によって人生はハードモードになり、今こうやって追い詰められています。
 どう思いますか?」


またいきなり話が変わったな。
それは、現状に対する感想か。
あるいは。


「人類の、大きな発展の機会を失った事を残念に思う。
 僕自身に関しては、常にベストな選択をして来た結果だから、仕方ないと思うよ」

「……」

「おまえの言葉で言うなら人生ハードモードになり、ゲームオーバーだ。
 ハードモードを選んだのは自分だが、その方が良いと思ったんだから悔いはない」

「実に面白い心理です」


Lは突然、テーブルの上に残っていたカードをかき集めて切り始めた。


「では、次の質問です。
 時間が巻き戻せるのなら、殺人ノートを使いませんか?」

「そういう意味の無い議論は好きじゃない」

「では言い方を変えましょう。ハードモードを選んだのは、何故ですか?」

「堂々巡りだな。
 “世の中の不条理を正し、善人のみが住む新世界を作りたかった”からだ」

「何故?」

「何故って」

「動機の動機、ですよ。あなたは先程、“自分が楽しむ為に生きている訳じゃない”と
 言いましたが、それは正確ではありません。
 一見利他的に見えるな行動にも、必ず利己的な理由がある筈なんです」

「どういう意味だ?」

「最もシンプルなのは、他人に感謝されるのが気持ちいい、とか」

「ああ、それはあるかも知れないね」

「あなたの場合は、社会を動かす事が楽しかった、と言った所でしょうか。
 誰にも知られずマスコミを騒がせ、他人を操るのは楽しかったでしょう?
 その為に、殺人ノートを使った」

「……」


答えないでいると、シャッ、シャッ、とLが切り続けるカードの音が
やけに大きく感じられて来る。


「充実していたでしょう?面白かったでしょう?
 どの悪人を裁くか。どうやって世間に知らしめ、犯罪抑止力とするか、考えるのは」

「……」

「一番楽しかったのは、いつですか?」

「……」


“退屈だったから”。
リュークに言っているというよりは、独白に近い自分の声を思い出す。

そうだ、間違いなく僕は退屈だった。
楽しいと自覚はしていなかったが、僕の手で世界を良くするという目的を得て、
確かにこれまでにない程ワクワクした。

そして、一番楽しかったのは、やはり。


「“L”が登場した時だよ」

「……ほう」

「世界の切り札とか巫山戯た事を言って。
 すぐに潰してやると思ったのに、おまえは思いがけないほど賢く面白い奴だった。
 ……ゾクゾクする程楽しかったよ」

「私も同じです」


そう言ってLは、口の両端を釣り上げる。
そしておもむろに、机の上に先程から癇性に切り続けていたカードを
裏返しに並べ始めた。


「あなたとの攻防は……難しいパズルのようで、とても楽しかったです」

「そうだな。僕にとってLとの対決は、キラという巨大なゲームの一部だったけれど、
 とても手応えがあった」

「なるほど……キラとは、巨大なゲームでしたか……」

「……」

「……」


それから僕たちは無言になり、Lがぱた、ぱた、とカードを並べる音だけが
部屋に響く。

丁度並べ終わった時、Lの携帯がメールの着信音を鳴らした。






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