S1+J  4
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いつものように部屋に戻り、二人とも無言で定位置に着く。
取り調べも三ヶ月ともなると、お互い慣れてきたが、それだけに
堂々巡りも多くなっていた。


「さて。今日はもう五回目になりますが、ミサさんのノートの行方について
 話して下さい」

「だから。ミサは、死神に選ばれてノートを貰ったんだ。
 万が一の事を考えて、誰にも見つからない、勿論僕にも分からない場所に
 隠すように言ったが、見つからないのなら、死神に返したのかもな」

「その死神とは、レムの事ですか?」

「分からない」

「その、もう一人の死神……リュークと言いましたか、そちらでしょうか」

「分からないよ。僕も長らく彼に会ってないし。
 もうこの問答は止めにしないか?疲れた」

「そうですか。では、最後の質問にしましょう」

「うん」


「……私はいつまで、おまえがキラだという事を黙っていれば良いんだ?」


「……」


全くトーンが変わらないのに、突然凄味を増した声に
室温が一気に下がったような気がする。


「私がいつまでも甘い顔をしていると思わないで下さい。
 ぶっちゃけ、あなたが自殺できないように拘束具を付けて
 今すぐ逮捕しても良いんですよ?」

「……」

「それをしないのは、あなたがまだ全てを話していない、と考えるからです」

「遅かれ早かれ、か」

「当たり前です」


どうする……。
ミサをキラだと思わせるにしても、ノートを回収させなければ。
レムに指示を出す事も出来ない。
何も始められない。

取り敢えず、今出来る事は、レムが察してくれるまで
出来るだけ時間稼ぎをする事だけだが。

……もう、破れかぶれだ。


「ごめん」

「はい?」

「確かにおまえの言う通り、僕はおまえに甘えていた」

「……」

「楽しかったんだ。その……『世界の切り札』と、色々話す事が出来て」

「そうですか」

「キラも、『日本の最終兵器』と言われた事がある。
 でも『L』に比べたら、やっぱりまだまだだ。
 ……おまえ程頭が良い奴に、初めて会ったよ」

「……」


こんな分かりやすいゴマすりに反応してくれるとは思わなかったが、
Lは、鼻で笑いもせず、僕をじっと見つめ返した。
それから、唇を引き結んで生真面目な目をして。


「……そう言えば以前、私には何でも正直に話す、
 何でも言う事を聞く、と誓ってくれましたね?」

「ああ。キラとして、Lに敬意を表して、ね」

「本当に何でも聞いてくれるんですか?」

「?」


Lはしゃがんだ姿勢から突然テーブルに膝を突き、こちらに迫ってきて
僕の顎を指先で掴んだ。


「え……」

「よく見ると君は、男にしては中々可愛いですね?」

「……」


唐突な展開に、今までとは違うタイプの冷や汗が出る。
こういった評価を受けたのは初めてではないが、絶対に逆らえない相手となると。


「そう言えば、今日はヴァレンタインズデーというやつです。
 尋問にも飽きた事ですし、丁度良いので頂きましょうか」

「……」


目的語を抜いてあるのはわざとだろう。
聞き返して欲しいのかも知れないが、とてもではないが声が出なかった。

こいつ……まさかそういう趣味が?
いや、今まで何ヶ月も一緒に暮らして、そういった雰囲気はなかった。
とは言え、女性が好きなようにも見えない……。

固まってまま二、三秒過ぎた時。
Lが口を開き、ゆっくりと発音する。


「チョ・コ・レ・イ・ト」

「……へ?」


思わず間抜けな声が出たが、それを聞いたLは俯いてくっくっくっ、と笑った。
それで初めて、揶揄われたのだと気付く。


「……酷いな」

「先にふざけたのはあなたでしょう?」

「……」

「大人を揶揄うからですよ」


そう言われると返す言葉もないが、当面緊迫した空気は消えたので良しとしよう。
このままじゃ済まさないけどね。


「ちょっと妹に電話して良いか?」

「藪から棒ですね。……まあ、良いでしょう。
 言うまでもありませんがスピーカにして下さい」


僕の心境に変化があったと見たか、Lは興味深げに観察し始めた。
僕は渡された携帯を持ち、妹の携帯番号のボタンを押す。


「あ、粧裕?」

『おにいちゃん?わー!久しぶり!ミサさんとは上手く行ってるの?』

「ああ、久しぶりかな。大丈夫、万事平穏だよ」

『そっかー。私の方はお兄ちゃんがいないせいで
 二学期の期末散々だったんだから』

「自業自得だろ。それより、頼みたい事があるんだ」

『何?』

「○○堂の“ちょこれいとけーき”を……6個、いや1ダース買って来て
 警察庁の受付に預けておいてくれないか?
 後で父さんに取りに行って貰うから」

『あれ超絶美味しいよねー!そんなに沢山どうするの?』

「バレンタインデーだから、ミサが仕事仲間に義理で配るんだ」

『なるほど!私の分も買って良い?』

「いいよ。後で父さんに請求して」

『じゃあお母さんの分も!』

「分かった分かった」


電話を切ると、賑やかな妹の声が消えて部屋が少し寂しくなる。
Lは指を咥えたまま、平凡な会話をじっと聞き入っていた。


「特に暗号はなかったようですね」

「暗号を含ませたとしても伝わるような相手じゃないよ」

「はい。それが分かっていましたから電話を許しました。
 チョコレートケーキってもしかして私にですか?」

「うん、まあ。捜査本部の人やワタリだったっけ?その人にも出来れば。
 そうそう、その店のは平仮名で“ちょこれいとけーき”なんだ」

「それは、何というか、ダサいですね」

「でもその分味は折り紙付きだよ」


和風の名前と店構えからは想像出来ないほど、完成度の高い洋菓子を思い出す。
知る人ぞ知る名店なので、Lは知らないだろうと思ったがはやりそうか。
何だか少し、ワクワクした。



申し訳ないが父に使いを頼み、捜査本部にケーキが届いたのは
丁度三時頃だった。

松田さんが「美味い!」と言ったのを皮切りに、父や模木さんも


「……美味いな」

「はい。美味いです」


相好を崩して食べる。


「甘すぎなくて上品なのに、なんだろ、この美味さ。匂いかな?
 こんなに美味いケーキ初めて食べたよ!」


相沢さんが驚くほど良い反応を見せてくれたのは意外だった。
知らなかったが、甘党だったのだろうか。


「いや、ごちそうさま、月くん」

「ははは。実は会計は父持ちです」

「そうなんですか?!」

「そうなのか?!月」


和気藹々とした中、Lを見ると……特に反応はなかったが
少し口惜しそうに見える表情で、黙々と四つ目を口に運んでいた。






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