恋愛遊戯 4 竜崎は、数多の命を屠った人間を好きにする事によって、間接的に 自分が沢山の命を捻りつぶしたような錯覚に酔っているのではないか? 僕も確かに竜崎に触れられれば欲情する。 長い間仕込まれた体が、竜崎の指先一つでスイッチを押されたように反応する。 こいつがそれを喜ぶのは、デスノートを使った僕を操る事で、 擬似的に 自分がデスノートを使ったような、そんな感覚を楽しんでいるのではないか? 僕の前にも重犯罪者に欲情したというのだから、きっとそういう事だ。 おまえは、一歩間違えれば前代未聞の大犯罪者になってしまえる、危ない奴だよ。 「……やはり、精神と肉体は結びついていない」 「夜神くん」 「何故なら、おまえと僕は、全く分かり合えていないから」 「分かり合えるとか合えないとかいう話じゃないんですけどね」 「デスノートを使った者と、使っていない者の間の溝は埋めようがないよ」 「……では、あなたが分かり合えるのはこの世で弥だけだと?」 「残念ながら、彼女は本質的に僕とは波長が合わない人だ」 竜崎は少し目を細めて、哀れみとも侮蔑とも取れる表情をした。 「夜神くんは気の毒な人です。誰とも分かり合えないなんて」 「その孤独に耐える覚悟がなければ『キラ』なんて出来ない。 『L』だってそうだろ?」 「確かに」 竜崎はそれきり僕から目を逸らして仰向いた。 話にならないと思われたのだろう。 構わないと思った。 はだけたローブの襟から、胸筋と色素の薄い乳首がちらりと覗く。 全体に細いが、骨格は薄くない。 ともすれば東洋人にも見える竜崎が、こんな所で妙に西洋人だと思った。 竜崎と抱き合う時はいつも夢中で翻弄されていたから、 僕の方がこんな風にゆっくり観察したのは初めてかも知れない。 「……おまえだって、シリアルキラーだよ」 ふと、前置きもなく口を衝いて出てしまった言葉だが、 竜崎には僕が何が言いたいか、伝わる筈だった。 上を向いたまま、しばらく黙っていた竜崎が、案の定声を低くして答える。 「あなたが、私をただの犯罪者キラーだと……変質者だと、 そう思っているのなら、心外です」 「そう?探偵の立場を利用して、犯罪者と体を交えて、その犯罪を 手に入れたような気になってるんじゃないのか?」 「少し違います」 「どういう風に?」 「……重犯罪者に限って欲情すると、気づいたのはあなたと出会ってからですから 最近の考察なのですが」 「もったいぶらないでくれ」 「やはり、体を交える事によって、相手を深く知りたいのだと思います」 「僕が言った事と何が違う?」 「相手の犯罪歴を手に入れたいのではなく、犯罪を犯すに至った精神のプロセスを 理解したいんです」 「……」 「ですから、キラだけでなく、犯罪に手を染める前の月くんとも交われたのは、 私にとって得がたい体験でした」 ……なるほど。 犯罪者と体を交える事によって精神を溶かし、その心の奥底の 犯罪因子を抽出したかったのか。 その為のセックス、その為の欲情、か。 ……やっぱり、おまえはコレクターだ。 シリアルキラーの、変態だ。 「夜神くん」 「……」 「すみません」 「本当の事、言っただけだろ。謝るな」 「いえ。そうではなく、またあなたを泣かせてしまうかも知れないと思いながら、 言ってしまいました」 「……」 いつかの、熱い水が。 目じりから落ちて鬢の中に入り、耳の後ろに添って流れていく。 僕を、キラの罪と体を、所有したいと思われた方がマシだった。 竜崎が本当に欲しいのは、犯罪者の心理だけ。 僕という本棚から、貴重な資料を一冊抜いたら、もう用はないという訳だ。 「でも、その涙を見て、決心が付きました」 ……え? 何、を? 「やはりあなたを離さない事にしました」 「え?」 今度は本当に、声が出る。 何故、涙で? Lが、涙なんかにほだされる訳ないだろう? お前は、僕がデスノートを使った動機を、思想を、精神履歴を、 ただ知りたいだけなんだろう? 「あなたが、間違いなく月くんと同一人物だと納得したくて、酷い事を言いました。 すみません」 「……どちらにせよ、逮捕できればするんじゃなかったのか?」 「ええ。でも、司法の手に引き渡しません」 「僕を閉じ込めて一寸刻みに手足を刻んで行くか?」 竜崎はこちらに顔を向けて、目を開いたままニッと笑った。 何となくゾッとする。 「かも知れませんが、ここまで誰かに執着するのはあなたが初めてです。 この思いに名を付けるなら、それは『恋』でも構いません」 竜崎が、恋なんかに溺れる筈がない。 僕がキラだという物的証拠が掴めない事に苛立って、今度は非合法に 監禁するという訳か。 「大丈夫です。慣れない事なので不備があるかも知れませんが、 今日は私、優しくします」 竜崎は低く囁きながら、僕を抱きしめた。 その声は欲情のせいで喉に絡み、太腿には堅い物が押し当てられているけれど。 それでも本当に、その先動かない。 ……「今日は」、か。 これは、この時間は、執行猶予だ。 竜崎の最後の情けだ。 明日になれば竜崎は、きっと別件逮捕でも捏造でも何でもして、 僕をどこかへ閉じ込めるつもりだろう。 僕を味わい尽くして、キラを抽出して、抜け殻になった僕を襤褸切れのように捨てるのだろう。 だが、僕だって黙って捕まりはしない。 「……僕は、簡単には尻尾を掴ませない」 「私は、あなたを大切にします」 耳元に吹き込まれて、後はただ、静寂と、時折遠くで車のクラクションが。 自分でも信じられないが。 僕は、こんな剣呑な奴の胸で、ゆっくりと目を閉じた。 明日には敵同士だが、今は恋人だ、と。 --了-- ※落としどころを見失いました。
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