乾坤一擲 1
乾坤一擲 1








両手に、手錠を掛けられる夢を見て目が覚めた。



重い瞼を上げると、既に服を着た竜崎が手錠の鎖を束ねている。
その金属音に、僕の半覚半睡の脳が反応してあり得そうな状況を
構築したらしい。


「……おはよう」

「おはようございます。夜神くん」


こちらに顔を向けて、昨夜の会話などなかったように、
感情を滲ませない機械的な声で応えた。

竜崎がこの先素晴らしい女性と出会い、本当に恋に落ちたとしても
きっとこんな感じなのだろうと思わせる声だ。
僕と同じく、そんな日が来る事はないだろうが。


「まだ早いので、もう少し休んでもいいですよ」

「いや……人目に付きやすくなる前に出よう」


……竜崎は、恐らく今日中に僕を拘束する。
何も準備をした様子がないから、捜査本部に帰ってすぐという事はないだろうが
僕も出来るだけ早く対策せねばならない。

チャンスは、きっと何度も訪れてはくれない。


「帰りもタクシーを拾いましょうか」

「ああ……」


無駄だろうと思うが、一応言ってみる事にした。


「お前は先に帰ってろよ。僕は、一旦神社に戻って携帯を探してから行く」


即座に「私も行きます」と言うかと思ったが、
竜崎は人差し指をくわえ、じっと僕の顔を見た。


「良くない傾向です、夜神くん」

「何が」

「夜神くんの判断力が鈍ってきています」

「……」


先に帰れと、言っただけでなんだこの言われようは。


「逃亡でもするつもりですか?」

「……別に逃げるつもりはないが、誘拐されたり事故や事件に巻き込まれて
 戻れなくなる可能性はあるね」


試すつもりで言うと竜崎は、馬鹿馬鹿しい、とばかりに溜め息を吐きながら
手錠をポケットに突っ込んだ。
流石に、僕が全てを捨てて逃亡生活を選ぶとは思っていないらしい。


「なら、デスノートの燃え残りでもないか探しに行くんでしょうが
 私が許すはずないでしょう」

「はぁ?!許すとか許されるとかいう立場じゃないだろ?」


竜崎は探るように僕を見た後、そろりと言った。


「……ねえ夜神くん。そろそろ、キラとLとして本音で話しませんか?」

「本音で話してお互い何か得るところがあると?」

「この期に及んで信じて貰えないのは悲しいです。
 私はあなたが好きで、あなたを救いたいんです」

「……」


この僕を、新世界の神を救おうなんておこがましい。
どうしてコイツはいつもいつもこんなに上から目線なんだろう。

僕を拘束し、追い込む事によって窮地に陥るのはお前の方だというのに。


……僕はこの後、レムと話して竜崎を殺させる。


僕が死んだらミサも死ぬといえば、レムは躊躇いなく竜崎を殺すだろう。
いつかの計画通りという訳だ。


「嬉しいね。僕もお前が、好きだよ」


次に僕が一人になれた時がチャンスだ。
竜崎は、死神がノートではなく僕に憑いている事にまだ気づいていない。


……そして僕の合図一つで、竜崎が、あっさりと死ぬ。


僕が恐らく一生で一番、真剣に向きあう人間。
世界に二度と現れないであろう頭脳。
それが、いとも簡単にこの世から消え去る。

それはどこか信じがたく、やはり惜しい……と思わずにおられない選択だった。


「……なあ、竜崎」


自分でもくどいと、諦めが悪いと思う。
それでも、後々自分が後悔しない為に、出来るだけの事はしておきたかった。


「本音で話すと言うのなら、この間の話を真剣に考えてくれないか?」

「何の話でしょう?」

「……僕と共に、この世の矛盾を裁かないか?」

「……」

「でなければ、お互い別々の道を行こう。
 僕も、お前を殺したくはないんだ。
 キラはLを追わない。だからLもキラを追うのを止めてくれ」


ラストチャンスだ、竜崎。
分かったと、一言答えてくれ……。

竜崎は、ぼんやりとベッドに目をやった。
昨夜はベッドでは何もしていないから乱れていない。
少々皺は出来ていたが僕が伸ばしたので、一見セットしたばかりのように
整っていた。

やがて。


「どちらも出来ません」


竜崎……!


「何故だ。下らないプライドなんか捨てろよ」

「プライドがなければ生きる価値がありませんよ。
 それに、実際問題キラのいる世界で私は生きていられません」

「どういう意味だ?」

「大人には大人の事情があるんです」

「……」


……僕がキラであった記憶を失っていた間。
キラだと決め付けられて、何度も殴りたくなったし、殴った。
だが今、記憶を取り戻して以来初めて、本気で竜崎を殴りたいと思った。

この僕が、最後の情けを掛けてやったというのに……!


「僕を子ども扱い、するな」


爆発しそうな感情を抑えて言うと、竜崎は苦笑した。
確かに、子どもでなければこんなセリフは出てこないのだろうが。
なら僕は、一体何をどう言えばいいんだ?


「この世界の微妙なバランスを、考えもなしにあっさり崩したあなたは
 間違いなく子どもですよ」

「……」

「貨幣経済の根幹を、あらゆる宗教の価値観を、根底から覆して
 一体何がしたかったんですか?」

「別に、どちらも崩していない。貨幣経済も資本主義も否定しないし
 大概の宗教には神仏に悪人が裁かれる終末思想があるだろ?」

「あなたと議論をするのは、もう少し時間に余裕のある時にしましょう」


竜崎はまた溜め息を吐いて、立ち上がった。



「夜神月。私は今からあなたを、拘束します」






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