恋愛遊戯 3 二人でバスローブを羽織ってベッドルームに戻ると、 「ウエディ……」 「早かったですね」 「……」 夜でもサングラスをした、ブロンド美人が腕と長い足を組んでソファに座っていた。 あわててローブの前を搔き合わせる。 こんな安っぽいラブホテルに、とんでもなく不似合いにも見えるが まるで彼女の為に用意されたインテリアにも見えて、不思議だ。 そんな事より、何故?彼女が? というかいつからいた? まさか、バスルームでつい上げてしまった声が、ここまで聞こえていた? 僕が固まっていると、ウエディは無言で煙草の煙を長々と吐き出した後、 黒い灰皿に長いままの煙草を押し付ける。 そして何も言わないままつかつかと近づいてきて僕の手を取った。 「Excuse me.」 以前にも見た鮮やかな手さばきで、手錠の鍵穴にヘアピンのような物を入れたと思うと カチャ、と軽い音がしてリングを開ける。 ついで、竜崎の手を取り同じように解錠した。 「あの……ありがとうございます」 「……こんなに馬鹿ばかしい仕事は初めてだわ」 「至って重要な仕事ですよ? まあ、満足していただける金額を追加振込みしておきます」 なるほど……最前の電話の相手はウエディか。 確かに彼女なら手錠の解錠くらいお手の物だけど、 何もわざわざここに、この場所に呼ばなくてもいいじゃないか……。 「そう。よろしく。じゃあ、私はこれで」 「え?でも、」 ウエディは天井近くの換気窓の淵に手を掛け、 猫のようにしなやかに飛び上がった。 「最上階が侵入も脱出もしやすいと言ったのはウエディです」 「そ、そうか。でも、僕達ももう出るんだし、」 「あなた達はこれからお楽しみでしょう?」 「違います!」 「……」 「僕たちは、その……、」 言いかけて、何と続けて良いのか分からない。 ウエディはそれ以上僕の言葉を待たず、猫のようにするりと細い窓を抜け、 夜の闇へ消えていった。 「……どうするんだ。誤解されたぞ?」 「誤解ではないでしょう?」 長い指が、手錠の代わりに僕の手首を拘束して 広いベッドの方に導いた。 「あなたを、好きだと言いました」 「だからさっき、」 「夜は長い。長い間窮屈な捜査生活を続けていた若者二人が、 偶の休みに多少羽目を外しても、誰も咎めませんよ」 「いやそういう事ではなくて」 目の前の、傷だらけの僕を見ても何も思わないのだろうか。 いや、きっと態とだろう。 こいつは僕が苦しむのを見て興奮する。 そしてその事に何の後ろめたさも持たないのだから。 「僕が好きだと言うのなら、今は休ませてくれ。 昨日からされ通しで体がきつい」 「……分かりません。好きだから、心行くまで抱きたい。 いけませんか?」 「駄目だね。好きな人には、相手の都合と幸せを最優先するものだよ」 「……よく、分かりません」 分からない、ではなく分かるつもりがない、だろう。 おまえの「恋」は所詮「所有欲」だから。 「でも、あなたに従ってみましょう。私は恋は初めてですから」 「……え?」 だがその時、竜崎の口から、信じられない言葉が漏れた。 内心、このまま血が出るまで犯される事を覚悟していたので、 思わず間抜けな声が出てしまう。 ……従うって? キラであるこの僕に? 「何を驚いているんですか?」 「いや……、おまえは我慢はしないタイプだと思ってたから」 「ええ。基本しません。 でもあなたの体に溺れて、本当に心まで持って行かれたようです」 手を引かれるままに一緒にベッドに横たわり、 シーツに片頬を付けた竜崎が、そんなむずがゆいセリフを 爬虫類の表情のままぼそぼそと口にする。 「……ああ。前も言ってたね。性欲と恋愛感情を混同する症例」 「皮肉な口ぶりですね。自分は違うと言いたいんですか?」 せっかく竜崎が、今日はしないと言ってくれたんだ。 このままそっとして置いた方が良い、そう思うのに、 負けず嫌いな頭が勝手に回転して、滑りの良い舌が勝手に動く。 「違うね。精神と肉体は全く別の物だ。 精神が肉体を支配する事はあってもその逆はない。 よほど精神構造が原始的でない限り」 「その考え方が子どもです。 精神が高次になっても、肉体と精神は対等に深く繋がっていますよ」 僕の中では精神が肉体より高次だというのは、疑問の余地もない事だったから 竜崎程聡明な人間が真っ向からそれを否定した事に、驚いた。 「あなたと私は、深く体を繋げた。 当然精神も深く結びついている筈です」 「……だから僕がおまえを殺さないと?」 「そうは言っていません」 「だよな。お前だって、何度もベッドを共にした恋人を警察に売ったんだろ?」 「警察に任せず自分の手で逮捕しました。 だからあなたが私を殺さないとも言いきれませんし 私だって出来る状況になったらあなたを逮捕します」 ……竜崎は、犯罪者とのセックスを好む。 変態と言ってしまえば一言で終わるが、精神と肉体が繋がっていると ここまで主張するからには、もっと精神的な理由がある筈だ。 と、ふと気づいた。 それにただ人体の反応を観察したいだけなら、犯罪者でなくとも良い。 竜崎が犯罪者の体を弄って喜ぶのは……。 その度を過ぎた犯罪嗜好のせいではないか?
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