恋愛遊戯 2 エレベーターでは無言だった竜崎だが、目的の部屋を見つけると コントのスパイのように壁に背を当てて忍び足で入った。 「竜崎?」 「しっ!こういう場所は盗聴だけという事はないでしょうから、 用心すれば盗撮を防げます」 注意深く部屋の天井や装飾を調べる。 しばらくそうした後やっと納得したのか、ぽふんとソファに座った。 「この部屋にカメラはないようですね。やっと、寛げます」 「いや寛げるか?」 そこは、写真で見る限りでも一番どぎつくて悪趣味な部屋だったが 実際に入ってみると想像よりとんでもなかった。 真っ赤な絨毯にサテンのクッション、黒いシャンデリアに黒いレースカーテン。 一体誰の趣味だ。ミサか? 「沢山歩いて疲れました。シャワー浴びていいですか?」 「好きにすれば」 「はぁ」 ってそういえば手錠をしていた。 僕も一緒に入るしかないか。 手錠生活は唐突に終わり、二人でシャワーを浴びる事はもうないと思っていたから 妙に懐かしいというか感慨深い。 「捜査本部より面白いお風呂ですね」 「そりゃ、そういう事に特化した場所だから」 手錠の鍵がないので、二人とも上着の袖を鎖に通したまま 真ん中辺りに固めておく。 「夜神くん、痣だらけですね」 「誰のせいだと思ってるんだよ」 「すみません、夢中だったので、ここまでとは」 「悪いと思うなら、僕がシャワーを浴びる間服を持っててくれ」 「シャワーは止めて一緒にバスタブに浸かりましょう」 竜崎は僕の返事を聞かず、棚からバブルバスを取って無駄に大きいバスタブに 湯を溜め始めた。 噛み痕に沁みるから嫌だって。それくらい気づけよ。 と言いたいが、弱音を吐くのも嫌で何となく黙ってしまう。 ……そう言えば、長い手錠生活で一度だけバスタブに入った事があった。 竜崎は普段はほとんどシャワーのみの生活らしく、物珍しそうにしていた。 僕が上がった後勧めてみると案外抵抗なく浸かったが 湯船の中でもやはり膝を抱えて指をくわえていた。 それでも、一人が入っている間もう一人が何も出来ないのが無駄なので 二度とはなかったが。 『どこかに大きい湯船も作っておくべきでした』 『全室この仕様?』 『はい。設計した当時は、まさか二人でバスタブに浸かる事態が 起こり得るとは思いませんでしたので』 『ははっ。Lでも予測出来ないことがあるんだな』 『当たり前です。神様じゃないんですから』 そんな事を言っていた竜崎が今、広い風呂の泡の中に身を沈める。 湯船が長いせいか、今日は体を伸ばして寝そべっている。 僕はどうしたものか、と思っていると、ふとこちらを見た竜崎が 少し膝を開いてこちらに手を差し伸べた。 「さあ、新世界の王よ。玉座にどうぞ」 「……」 「キラ」をからかっているつもりなのだろう。 竜崎に対して「新世界」と言う言葉を使った事はない筈だが、 僕の思考を、思想をトレースしたのかもしれない。 彼はLだから。 だが、彼は一つ間違えている。 僕は「王」になどなりたいわけじゃない。 「……玉座っておまえの膝の上?」 「はい。Lが誰かを膝に乗せるなんて前代未聞ですよ? キラじゃなかったらありえませんよ?」 「いや、キラだから膝に乗せても良いというその感覚が分からないけど」 「そうですか?二人といない人です、キラは」 「大体、男の膝が玉座なんてぞっとしない」 「玉座です。玉座にして棹座です」 「最低」 吐き捨てると、竜崎は一瞬戸惑ったような顔をした。 自身も何故下ネタが出てしまったのか、分からないのかも知れない。 何故そうまでして執拗に僕を乗せたがっているのかも。 「……私、生まれて初めて欲情したのかも知れません。あなたに」 「嘘吐け。犯罪者にエレクトしたって言ってたし、経験豊富だろ、『お兄さん』は」 「興味で、セックスにはまった事はあります。 正直、一般的に恋人と言って良い回数ベッドを共にした人もいますし その人を刑務所送りにしたりもしています」 「……え?犯罪者と、寝たことはないって最初に、」 「嘘です。あの時点であなたが犯罪の記憶を失っている可能性があったので 本当の事を言ったら、絶対ひかれてさせてくれないと思いまして」 「……酷いな」 本当に、コイツには何度このセリフを言ったか。 今まで出会った男の中で、最低最悪だ。 「でもそれは本当に興味で……。 人の体の、どこをどうすればどんな反応があるか、 その個体差の幅はどのくらいか、そんなデータを取っていました」 「更に酷い」 「やっぱりですか?」 ……その酷い男に、酷いと分かっていてのめりこんだ。 いっそ竜崎の言っていた、性感と恋愛を混同しているという説が正しければ 良かったのに、とまで思う。 「でも、この事を言ったのは、あなたは違うからです。 あなたを、勿論逮捕するつもりなのですが、誰にも渡したくない、 私一人の物にしておきたい、という気持ちも出て来ました」 「ご免だ。そうやって僕を閉じ込めて、好きなだけ頭と体を弄んで、 飽きたらポイだろ?」 「ばれましたか」 「当たり前だ。僕は一生お前の物にはならない。 けれど、一生飽きさせないよ」 「……そんなの、辛いです。 あなたの全てを分解して解析して、納得して、次へ行きたいです」 竜崎は演技だろうが、眉根を寄せて本当に情けなさそうな顔をした。 「いいよ別に。僕に関わらずに次に行けよ。 Lとキラ、お互いに関わり合わずに生きていくというのもアリじゃないか?」 「無理です。Lとしてキラを認める訳には行きませんし、 心情的にもここまで来てあなたを手放すことは出来そうにありません」 どうしてもあなたを私の物にしたいんです、と、僕の目を見つめて言う 竜崎の表情はまるで無心に菓子をねだる子どものようだった。 「竜崎……自覚はないの?」 「何のですか?」 「それは、恋じゃないか?」 「……」 バカにしたような笑いが返って来るかと思ったのに、 竜崎は大きな目を更に見開いた。 「……だとすれば、恋なんてしたくなかったです。 こんなに苦しいなんて、私の恋に対するイメージに反します」 「恋って時々苦しいものらしいよ」 「苦しいというか、苦々しいです」 本当に苦虫を噛み潰したような顔で言う竜崎に、僕は思わず吹き出してしまった。 「夜神くんは、恋をした事があるんですか?」 「あると思っていたけれど、苦しい程の恋をした事はないね」 「本当に?私に対しては違いますか?」 「竜崎は……」 竜崎と、ずっと一緒にいたいと思う。 その視線を一身に受け続けたいと思う。 でも、それが叶わないのなら、殺さなければならない。 僕は僕の人生を、世界中の善なる人々の為に費やさなければならないのだから。 「……ある意味、苦しい」 「そうですか。私の初恋、実りました。嬉しいです」 きっと、竜崎の僕に対する感情と、僕の竜崎に対する感情は違う。 竜崎は、僕というおもちゃで心行くまで遊びたいだけ。 僕は。 竜崎に、僕の新世界の創世を、唯一の観客として見つめていて欲しい。 ただそれだけ。 黙って見ている事が出来ないのなら、死んで貰うまで。 「僕も、嬉しいよ。おまえは絶対に応えてくれないと思っていたから」 「考えてみれば、キラ以上に欲情した相手はいないんですから 最初からあなたが好きだとお答えしておいて差し支えなかったですね?」 「そういう言い方をされると、僕がキラじゃなかったら 好きにならなかったのか?と聞きたくなるね」 「愚問です。 あなたがキラじゃなくて、頭も見た目も悪くて、性格も姑息で怠惰で、 それでも好きだと、そんな馬鹿馬鹿しい事を言って欲しいんですか?」 確かに愚問だった。 誰かに惹かれるという事は、その人を構成している要素・条件が 心に引っかかったという事だ。 竜崎にとっては、それがキラであり、それを責める事は出来ない。 また僕も、僕でなければキラにはなっていない。 「いや。僕がキラじゃなかったらそもそもおまえと出会ってないしな」 「はい。私達が出会ったのは必然です」 竜崎はわが意を得たりというようにもう一度僕に手を差し伸べた。 「どうぞ」 「……苦しうない」 僕も微笑を作りながら、湯船の淵を越える。 泡に足を入れると、噛まれた足首、ふくらはぎ、太腿、 順番に沁みるが、奥歯を噛み締めて表情を保つ。 体を反転させて、竜崎の太腿の辺りに手を突くと、堅い物が当たった。 「おい……昨日の今日だぞ?」 「ええ、でも痛みに耐えているあなたの顔を見ていると」 僕は舌打ちしたいような、笑い出したいような気分になった。 なんだ、僕を敢えて泡風呂に入れようとしたのはわざとか。 「……もっと喜ばせてやるよ」 僕は竜崎に背を向け、ぬるついた湯の中で竜崎を探った。 自分の後ろに誘って、そのままゆっくりと腰を落とす。 「くっ……!」 慣らしていない事と、昨夜の酷使で傷ついていたそこは悲鳴を上げたが 僕が思わず漏らした呻き声に、竜崎が一層固く脈打つのが、 はっきりと感じられた。 僕たちは、まるで拷問官と罪人のように、体を交えた。
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