恋愛勘定 8 「おまえの留守に僕が何かするのを防ぐなら……拘束だけで十分だろ」 「違います」 その文脈で「違います」という返事はおかしいだろ、と思いながら 僕も天井に顔を向けて目を閉じる。 温かい湯が、体中に染み渡るようで癒された。 「あなたが私の監視の目を逃れようとした事に対する制裁ではない、という 意味です」 なら、一体何なんだよ。 「彼女と付き合えと言った事に対する、腹いせです」 「腹いせって……京子ちゃんっておかしい人だった?」 驚いて目を開ける。 もうあまり覚えていないというか、特に良くも悪くもない容姿だった気がするし、 シャイという以外、性格に問題がありそうでもなかったが。 「いいえ。十分に可愛く、聡明な人でしたよ。 でも、私の相手ではありません。私の相手は、あなたです」 「……」 「分かります?私の言ってる事」 ああ……分かるよ。 そうだな。 おまえの基準は、いつもそうだった。 「彼女は犯罪者じゃない……キラじゃない。って事だろ?」 「ええそうですね」 答えながらも、竜崎は何故か苛々とした様子で爪を噛む。 そして、 「というかその前に、あなたと私は、」 言いかけて止めて、何故か僕の目を凝っと見つめた。 「何」 「……」 「……」 まさか。 付き合ってる……、とか言うんじゃないだろうな? 「……」 「……」 竜崎に、弱みを握られているのも、飼われているのも確かだが。 付き合って……交際して、いる、って言うのとは…… ちょっと、いやかなり違う気がする。 「私はあなたに夢中だと率直に言いました。 結婚したいと言いました。幸せにしたいと言いました。 それでも足りませんか?」 「それは……冗談と言うか、言葉の綾だと」 「冗談でも綾でもありません。 今後は、他の人と付き合おうとしたり、私を他の人とくっ付けようとしたり しないで下さい」 「……」 なんて……なんという、恥ずかしげもない束縛。 本当に、僕の心の在処なんておまえは全く気にしなくて良いのに。 僕の体は常に、おまえの側にあるんだから。 「……それじゃあ、僕も率直に言うけれど」 「はい」 「別に、本気で京子ちゃんと付き合わせようとした訳じゃ無い。 悪いが、その、偶には一人の時間が欲しかっただけなんだ。 ただそれだけ」 「……」 「それに、竜崎は京子ちゃんに靡きはしないと信じてたよ。 ……僕に夢中だから」 「……」 竜崎は少し苦い顔をした後、くすりと笑った。 「『信じていた』、ですか。あまりにも白々しいですが、まぁ合格、としましょう」 ふぅ。 何とかご機嫌が直ったらしい。 なるほど、心にもなくとも「信じる」という言葉を積み重ねるのは 有効かも知れない。 「ところでデートはどうだった?何の映画を見たんだ?」 「ええと……恋愛映画でした。 何か、ラブレターに関するオムニバスでしたね」 「面白かった?」 「そこそこですね。 架空の恋愛より、私にとっては現実の恋愛の方が遙かに刺激的ですし」 恋愛……なのかな、これ。 少なくとも竜崎は本気で恋愛だと思っていそうだが。 Lとキラ。 キラとL。 本当に、垣根を越えて一緒に生きて行けるのか……? 今まで何度もした、自問を繰り返す。 でも結局今回も、結論は出ず棚上げとなるんだろう。 でも、いつか答えが分かるその日まで、少なくとも「恋愛している振り」は しておくべきだよな? 「……で、二人とも訳が分からないものですから、店員さんも困ってしまって」 「京子ちゃんも遊び慣れてないんだな」 「はい。映画館でまず、どうして良いか分かりませんでしたしね」 「……楽しそうだな。やっぱり女の子とデートになんか行かせるんじゃなかった」 「それ、嫉妬ですか?」 「そうだね」 指を伸ばして、竜崎の唇に触れて。 「次は僕も着いていこうかな」 と言うと、竜崎は少し目を丸くした後、 「逆にその方が、デートらしいデートになりそうです」 そう言ってニヤリと笑った。 --了-- ※DV男と共依存。 次回はL月、高田様、京子ちゃんのダブルデートです。嘘です。 追記:リクエストにより本当になりました。
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