恋愛勘定 3 食事が終わり食器返却口に向かうと、今度は女の子二人組が こちらを見ながら物言いたげにしていた。 今日はよく見られたり声を掛けられたりする日だな……仕方ないか。 「何か用?」 仕方なくこちらから髪の長い方に声を掛けると、ショートボブの眼鏡の子は後ずさって 柱の陰に隠れてしまった。 ロングはショートの方と僕を交互に見ながら、困ったように顔を赤くしている。 「いえ……」 「そう?見られてたような気がしたけど、気のせいだったかな。ごめんね」 声を掛けてくる勇気のない女の子に、わざわざ絡む必要もない。 そのまま竜崎と二人で食堂を出ようとすると、肘を掴まれて止められた。 振り返ると竜崎が僕の肘を掴んでいて、その竜崎の肘をさっきのショート眼鏡が 掴んでいる。 思いがけない行動力を見せたその真っ赤な顔をした女の子は、 驚くべき事に竜崎に用事があるようだ。 「あの……どちらさまですか」 「私、あの、文Tの、あ、あk$%\*@※、キョ、キョーコと言います! キョーコのキョウは、京都の『京』で……す」 「はぁ……」 「流河くん……あの……」 「取り敢えず手を離して貰えますか。ここ邪魔ですし」 「……」 四人で食堂の出口の脇に行き、竜崎はナントカ京子さんをじっと見つめる。 彼女はまた可哀想な程赤くなり、俯いた。 「にゅ、にゅ、にゅ、」 「京子、落ち着いて!大丈夫、流河くんは逃げないって」 「あの!入学式の時から、気になってました!」 「はぁ……そうですか」 女の子の一世一代の告白に、竜崎は全く動じなかった。 いや、意味が分かってないのか? そんな訳ないよな。 「この子、最初から夜神くんに目もくれずに、流河くん一筋なの。 変わってるけど、凄く良い子なの!」 「で、私にどうしろと?」 「もし彼女が居なかったら、付き合ってあげてくれない?」 「……そう、言いたいんですか?京子さん」 ロングばかりが喋って肝心の京子さんが話さないのは、極度にシャイだからだと 思うのだが、竜崎は構わず至近距離でその顔を覗き込む。 「は……い……」 女の子は茹で蛸を通り越して赤黒くなった顔で、大きく頷いた。 「それではお答えします。 彼女は居ませんが、私はあなたとお付き合いできません」 「です……よね……」 「ひっどーい!そんな言い方ないんじゃない?」 「事実です。物理的に無理なんです。こう見えて忙しいので」 「あの!」 ショート眼鏡は突然顔を上げ、名刺ほどの紙を竜崎の胸に押しつける。 「気が向いたらで構いません!いつでも構いません! もし、良かったら、一度一緒に、映画……見ませんか!」 そして返事をする暇も与えず、力を使い果たしたようにばたばたと走り去っていった。 彼女を追いかけるロングにも去られ、竜崎の胸からひらひらと白い紙が落ちる。 「……人の話、聞いてないんですかね……」 Lは大儀そうに紙を拾い上げ、ちらりと眺めた後くしゃりと丸めた。 どうやら連絡先のメールアドレスが書いてあるらしい。 「おい」 「放って置いたら誰に拾われるか分かりませんから。 せめてごみ箱に捨ててあげるのが情けと言う物です」 「待てよ」 今まで、竜崎の性格を優しいとか意地悪いとか感じた事も判断した事もない、 しかし初めて冷たい男なのだと思った。 彼にとって犯罪者である僕になら分かるが、見ず知らずの、しかし自分に 大変な好意を持ってくれる女の子に対してこの仕打ちは、ない。 ……後でどんな役に立つか分からないのに。 「あんまりじゃないか?少しは誠意を見せろよ」 こんな風にあの子の肩を持ってしまうのは、もし竜崎が少しでも付き合えば、 僕に自由時間が出来るという思惑からだが。 「見せましたよ。ちゃんと断りました」 「いやいや、あんなに一生懸命告白されたら普通ほだされないか?」 「ませんね」 「どうかしてる。いきなり恋愛関係になれとは言わないが、せめて 少しでも彼女を知る努力をして上げたらどうだ?」 竜崎は、手首を上げてじっと見つめた。 そこにまるで見えない手錠があるかのように。 手錠が外れてから現れた、癖だ。 「あなたと一緒にですか?」 「冗談。僕は別の人に監視して貰っても良いだろう。 本気で僕を四年間監視するつもりなら、偶には別々に行動しないと無理だ」 「監視出来なくて、困るのは私ではなくあなたなんですけどね」 「おまえだって折角日本の大学に来てるんだ。 偶には有用な事……『普通の学生の生活』を味わってみるとか、 しないと時間と労力が勿体ないだろう?」 「……」 意外だったが、竜崎は少し不機嫌そうではあるものの、あっさり 「分かりました」と答える。 そして京子さんにメールを出していた。
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