恋愛勘定 1
恋愛勘定 1








「夜神くん。トイレに行きたいんですけど」

「おい、ちょっと待てよ。講義中だぞ」

「でも火急です」


冬休み明けで出席人数の少ない寒々とした教室。
でなくとも、久しぶりに、しかも揃って登校した首席二人。

否応なしに注目されている状態で、目立つ事は止めて欲しい……。


「一人で行って来いよ」

「良いんですか?」


……もうあなたを自由にする事は出来なくなりますけど?
……イギリスに連れて行って監禁する事になりますけど?

楽しそうに細められたLの目にはそう書いてあって。
僕は仕方なく腰を浮かせた。


『どうした?そこ』


こっそり退出したかったが叶わず、壇上からマイクの声が飛んでくる。


「すみません、」


少し気分が悪くて、とでも言うつもりだったが
(何せ体調不良による長期休学後だ、咎められる事はないだろう)
その前に竜崎が手を上げて言った。


「トイレです」


誰も笑わないが、雰囲気がざわついたのは分かった。
ああそうだな、大学生が、小学生みたいに講義中に手を上げてトイレに行くなんて
誰も予想出来ないよな!


「そして私もです」

『揃ってかね?君は……』

「流河です」

『りゅう、りゅう……ああ、流河旱樹くん、ね』


講壇上に視線を落とした講師が、嫌味ったらしくボールペンの尻で名簿を叩く。
少し扱いづらい講師なのだ。
なのに竜崎は、全く我関せずで立ち上がる。


「行きましょう、夜神くん」

「ああ……」


全く、こんな恥をかく位なら監禁でも拘束でもして貰った方が
マシだったかも知れない……。





竜崎と僕は二ヶ月かけてキラ事件の後始末をし、年始に大学に復学した。
学生課には二年生からでも良いと言われたが、レポートだけで取れる単位があれば
出来るだけ取っておきたい。

……まあ、卒業後の進路、というか運命が決まっている以上
意味が無いと言えば無いのだが。

それでも久しぶりに歩く町も、大学も、目にする若い人達も、あまりにも新鮮で
あんなに退屈だった「日常」の輝きに、内心子どものようにテンションが上がった。
自重しなければ。


「夜神くんは良いんですか?」

「僕は良いよ……トイレに行く度に怪しまれないかと冷や冷やしてるんだから
 飲み物を控えるとかしろよ」

「何を怪しまれるんですか?」

「だからその……仲が良すぎないかとか。手、洗えよ」


手錠を繋がれていた当初から四ヶ月以上言い続けているが、
竜崎は未だに用を足した後、僕が言わなければ手を洗わない。


「水、出して下さい」

「は?」

「蛇口に触るのが嫌なので手を洗いたくありません。
 手を洗えと言うのなら夜神くんが責任を持って水を出し、
 今後のためにセンサー式の手洗いがあるトイレを探しておいて下さい」

「……」


そうだ……コイツに二十四時間監視されるという事は、自動的に
コイツの面倒を見続ける事になる。
Lのビルでは何かと全自動の事が多いしワタリさんも居るから何とかなるが
大学となると。

竜崎は蛇口から勢いよく流れる水に手を浸し、ぷるぷると振った後、


「……仲が良すぎると思われると困ります?」


面白そうに話を戻した。


「どうせ後二年ちょっとの付き合いだし、友人を作るつもりもないから
 別に構わない。って言うんだろ」

「違いますか?」

「それでも嫌だよ。悪目立ちしたくない」

「まあ、考慮しましょう。あなたの頑張り次第ですが」


そう言うと竜崎は僕の耳に口を寄せ「夜の」と囁いた。
他に人が居なくて良かったが、さりげなく僕のシャツで手を拭くのは止めて欲しい。




授業が終わり、食堂に向かっていると後ろから声を掛けられた。


「夜神くん?」


振り向くと、ミス東大候補……ええっと、何と言ったか、高田、だったか、
懐かしい女が微妙に不機嫌を滲ませながら立っていた。


「ああ……久しぶり」

「ええ本当に」


高田はわざと口だけで笑って見せた後、竜崎に目を遣った。


「私もお久しぶりです。
 あなたは私の事を知らないでしょうが私は知っています」

「私も知っています、流河くん。有名ですよ」


高田は表面だけ愛想良く答えた後、首を傾げて見せた。
常人なら、邪魔だからどこかへ行けという意味だと察して去るだろうが、
竜崎はそうは行かない。


「それはそれは」

「……」

「……」


竜崎は去らず、沈黙にも耐えかねた高田は遂に苛々した声を出した。


「ごめんなさい、流河くん。ちょっと夜神くんとお話があるの」

「はぁ……遠慮無くどうぞ。あ、そこのベンチにでも座りましょうか」

「……悪いけれど、ちょっと外して貰えないかしら」


竜崎は指を咥えながら高田の顔を凝視する。
僕は思わずほくそ笑んだ。

さすがの竜崎も、ここまでされたら去らざるを得ないだろう。
僕にとっても不可抗力なのだから、手足を切るとも言えないに違いない。
高田を利用すれば、竜崎の目から逃れる時間を作る事が出来る。


「悪いですが、夜神くんから目を離す訳には行かないんです。
 ちょっとしたゲームをしてまして。
 どうぞ私の事は、お構いなく」

「……」


……ここまで面の皮が厚いのもちょっとした才能だな……。
僕が肩を竦めて見せると、高田も諦めたように話し始めた。


「夜神くん。私に何か言う事はないですか?」

「悪かったよ」

「何がですか?」

「……」


ああ、そう言えばこいつ、結構面倒くさい女だったな。


「付き合っていたのに、何も言わず何ヶ月も休学した事」

「付き合っていた、って、過去形、ですか」

「ああ、いや、さすがにもう愛想を尽かされているだろうと思って。
 高田さんなら、すぐに新しい恋人が出来たでしょう?」

「……私は、そんな軽い人間ではありません」


下唇を僅かに歪めて。
毛並みの良さそうな女だと思ったが、そう育ちが良い訳でもないのかも知れない。
一瞬垣間見せた品のない表情に、そんな事を思った。


「もしかして、僕はまだ君の恋人だと思って良いのかな?」


聞くまでもない、見るからに高田は僕に未練たらたらだが
竜崎の目の前で恋人宣言をする必要がある。
高田に追い払われる事が度重なれば、さすがの竜崎も逃げ出す
可能性があるからだ。

高田はわざとらしく頬に手を当て、すぐにyesと言ってしまうか、
もう少し僕に灸を据えるか考えているようだった。


「夜神くん、夜神くん、」


早く答えろ高田!竜崎が何か言う前に!


「よくも私の目の前で、高田さんに向かってそんな事が言えますね」

「は?」

「忘れたのですか?あなたと私は、」


僕は思わず慌てて竜崎の口を塞いだ。


「何を言うつもりだ?」

「本当の事ですが?高田さん、悪いですが夜神くんは諦めて下さい。
 彼は、」

「悪い高田さん!また!」


僕は竜崎の首を絞めながら、逃げるように高田の前から去った。






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