掌中の王 2
掌中の王 2








「またこの部屋に戻ってこられるとはね」


夜はどうするのかと思ったが、夜神は当たり前のように
私と同じ寝室に来た。


「私は生きて帰って来ると思ってましたけど」

「そう?」

「はい。Lがあなたを殺すとは考えられません」

「そんな事言ってたか。でも、そうでもなかったよ」

「ジェバンニから大体は聞きましたが……」


三日の間、神戸への移動以外は、Lと夜神は地下に閉じこもったまま
全く姿を見せなかったという。

死体を片付けて掃除するのに、三日もかかるとは思えない。
二人きりで、何をしていたのだろう?

死体(というかミイラらしいが)と一緒に……。


「三日も……二人で何をしていたんですか?」


そろりと聞くと、夜神はニッと笑った。
こいつに物を尋ねると、上から目線になるから嫌だ。


「二日半だよ。何をしていたと思う?」

「……Lは、何か甘い物を食べていましたか?」

「いや。甘い物どころか、水以外何も」


という事は。


「では全く頭は使ってませんね……」


当然の帰結を口にしただけだが、夜神は何故かくっくっと笑う。
また不快になって私は床に座り、トランプをケースから出した。
注意深く、少しだけ重ねて床に並べて行く。

頭を使わなかったのなら……体を、使ったのだ。
聞くのも馬鹿馬鹿しいが、きっと夜神なら自分から言うだろう。


「……」


しばらく沈黙が続いた後、


「おまえは、頭を使う時に甘い物を食べないよな?」

「……」


私の意図とは違う流れを作られて、思わず睨んでしまう。
いけない、感情の乱れを見せるのは弱みを見せる事と同じだ。


「体を使う時は?」

「……」


ちっ。
わざと話を逸らしておちょくっていやがる。
私はLとの事を追求するのを諦めて、トランプを積むのに集中する事にした。


「おまえが自分から動くのって、そうやって手遊びする時と
 寝る時ぐらいだよな」

「……本来は、寝室に入る事もありません」

「え?」


夜神が本気で驚いた声を出すのに、内心溜飲を下げる。


「寝ない……わけないよな?」

「私は手を動かして推理するタイプですが、その結果が
 積み重なっていくのを好みます」

「みたいだけど」

「ですから、基本的に作業場から動きません。
 食事も寝るのもその場です。
 トイレやシャワーだけは最低限行きますが」

「マジで?」


夜神が複雑な表情で私の顔を見つめる。
そしていきなり目の前にしゃがみ、私の脇に手を差し込んで、
持ち上げてきた。
耳の辺りをくんくんと嗅ぐ様子を見せる。


「ちょっと!何するんですか!下ろして下さい!」

「ソープの臭いがする。今日はシャワー浴びたんだ?
 僕と寝るから?」

「浴びましたが!関係ないですから!」


足をばたばたさせたが、積みかけていたトランプを徒に倒しただけで
結局肩に担がれてベッドまで運ばれてしまった。
どすんと落とされて、上にのしかかられる。


「ちょっと、運動しようか」

「誤魔化さないで下さい。Lとあなたの話です」

「ああ、Lと寝たかどうかという話?寝たよ」


何とか夜神を止めたくて話を戻すと、今度はあっさりと
Lとの関係を持った事を肯定した。


「そうですか……」


Lはやはり、夜神を抱く為に連れ出した、のか。
いや、ワイミー氏の死体を回収に……。

どちらがメインで、どちらがついでだ。
というか、どちらもLらしくない。

こそこそせず、以前のように堂々と抱けば良いのに。
わざわざ連れ出して私の目のない所で、というのが気に入らない。


「思い切り抱いたけど、Lも前よりずっと感じていた」


……は?

今度は、私が開いた口が塞がらなかった。


「……あなたが?抱いた?」


Lは。
私から見ても暴力的な男だと思う。
意外ではあったが、あの人は天才だ。
私の中では許容範囲だ。

少なくとも、死体だの犯罪者だのにうつつを抜かすよりはずっと。

なのにそのLを、抱いた?

Lに脅されてぶるぶると震えながら私にしがみつき、
抱いてくれと懇願していた夜神が?

……いつかのように卑怯な手を使ったのだろうか。
いや、それにしては二人の空気はおかしい。

また夜神が笑い出して不愉快この上なかったが
そんな事に構ってはいられなかった。


「Lが抱けと言ったんですか?」

「突っ込んだ事聞いてくるね。いいけど」

「……」

「でもあいつはそんな事言わない。
 抵抗しなかったから、ヤッただけだよ」

「……」


それは……Lが同意したというよりは、その事に対して無関心だった、
という状況の方が想像しやすい。
体の事なんて気にしていられない程、何かに夢中になっていたのだ。
例えば謎解きのような何かに。


「Lは……何を、考えていたんでしょうね?」


その時、私を揶揄うようにニヤニヤしていた夜神が、一転
途方に暮れたような顔になった。


「……僕にも、あいつが何を考えているか分からない」

「そうですか」

「実は……Lに、コクられたんだ」

「何ですって?」

「告白された」

「何をです?」


夜神の、私に伝える気があるのかと尋きたくなるような
要領の悪い物言いにやや苛立って追求すると。


「だから。普通告白って言ったら、好きです付き合って下さいみたいな」

「あなたに、付き合って下さいと言ったのですか?Lが?」

「いや、そうは言わないけれど、そのような事だ」


それはまた……。
何というか、そんな事を言われてもどう受け止めて良いのか分からない。

というか、それが本当だとしたら……。
Lは夜神を愛し夢中になって、そのせいで、抵抗しなかった?
いやそれこそあり得ないな。

……というか何故夜神と私が、中学生の相談みたいな会話をしているんだ。
そう思うと内容以前に何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。


「で。あなたは何と答えたんですか?」

「何も」

「……」

「僕はニア一筋だから」

「気持ち悪い事言わないで下さい」

「でも、Lが好きなんだろ?」

「ですから!」


好きとか嫌いとか関係ない。
Lはどちらかと言うと、「神」のようなものだ。
斯くありたいとは思うが、一生掛かっても追いつけるものではない。

私が睨んでいると、夜神は私の肩を押さえ、耳朶を吸った。
そのぬめった感触には、いつも苛々と焦燥させられる。


「そろそろ本当に止めないと、」

「もし、おまえがさせてくれたらLには応えない」


……え?


「と言ったらどうする?」

「……」


冗談じゃない。

そう思うのに、何も答えられない。
心の中で無意識に天秤に掛けてしまう。

私が屈辱的な痛みに少しの間耐える事と、
Lの執着に、夜神が応えてしまう未来……。


「大丈夫。Lは既におまえと僕が関係していると思ってる。
 それを本当にしても、あいつの心証は変わらないよ」


かも知れないが。
そう、思わせたのは、私だ。
Lの心を少しだけ乱してみたくて。
分かっていて、子どもっぽい事をした。

子どもっぽい、幼稚な……。


「冗談、ですよね?」

「……」


やっと声を絞り出すと、夜神は顔を上げて苦笑に似た表情を見せた。


「あなたは本当は、私を抱きたいなんて思ってない。
 ただ揶揄って遊んでいるだけ。そうですね?」

「ああ……そうだな」


言いながら口を付けてきて、いつもより長く丹念に、私の唇を噛んだり
舌を舐めたり吸ったりして弄ぶ。

飽きるまで放っておこうと目を閉じると……
ふと、今日夜神が現れた時の様子が思い浮かんだ。
そう、Lと夜神は……意外にも、ほぼ同じ体格をしている。
このくらいの細さ、私の髪や顔を撫でる手も、きっと同じくらいの大きさ……。

そこまで考えた所で、ゾッとして、目を開けた。


「しないと、言ったでしょう」

「ああ、ごめん」


強めに釘を刺すと、すぐに放してくれた。
そして隣で、らしくない投げやりな動作でばたんと仰向けなる。


「何なんですか」

「……キスってどうやるんだったっけ、と思って」

「は?今あなたが私にした一連の動作は一体何なんですか?」

「そうなんだけど。意識すると何だかどうして良いか分からなくなる」

「よく分かりませんがとにかく、私で練習しないで下さい」


意識的に少し声を尖らせると、夜神は笑いながら私の髪を撫でた。


「ならやっぱり、リドナーと同室にしてくれないかな」

「あなた意外と性欲の塊なんですね」

「そういうタイプじゃなかったんだけどね。
 Lに何か盛られているのか、労働が足りないのか」

「自慰は許可しますよ」

「手伝ってくれる?」

「Lに頼んで下さい」


夜神は大袈裟に顔を顰めて、毛布を被った。






  • 掌中の王 3

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送