八角の棺 7
八角の棺 7








「夜神くんは、意外と優しい所もあるんですね」

「そうかな」

「私、実は結構酷い事をした自覚があるんですが、
 あなたは優しくしてくれました」

「ああ……その事」


事後、僕は気を失いそうに疲れて倒れていたが、Lはぱっちりと目を開いて
例のしゃがみ込むような座り方をしていた。
何となく、その手を取って引き倒し、耳の辺りに口づけると


「……好きになりますよ?」


顔を上げて正面から僕の目を見つめる。


「やめた方が良い」

「どうしてですか?」

「僕を死刑にするんだろ?また好きな人を失うのは痛いだろ」

「ああ……死刑って……私があなたを殺すと?」

「処刑するって言っただろ?」

「はあ。でも処刑は文字通り刑に処するという意味です。
 ワタリの死体を片付けさせる事が、処刑の一部のつもりでした」


……は?


「おまえ……神戸まで、僕を殺す為に連れてきたんじゃないのか?
 処刑まで一週間って、」

「そうです。わざと勘違いさせたのは謝ります。
 が、今すぐ殺す予定はありません」

「……」


もの凄く安堵して良い場面だと思うのだが……何だか脱力した。
本当にどうでも良いと思っていたんだ。
いや、今でも思っている。


「じゃあ……いつまで、生かしておくんだ」

「知らない方がスリリングで良いと思いませんか?」

「決めてないんだな?」


Lは、ゆっくりと口の両端を上げた。
なんだかもう……本当に、どうでも、良い。


「……取り敢えず、ワタリさんを上に上げようか」

「お腹空きません?」

「倒れそうに空いてるけど、一旦ここを出たら二度と入りたくなくなると
 思うから」

「そうですね……」


Lはゆらりと起き上がり、八角形のPCルームの入り口に凭れた。
中の、僕が掃除した後を確認しているのかと思ったが、
それにしてはやけに長い間じっと見つめ……やがて、自ら扉を閉める。

それから二人とも服を着て、ロックしたツールボックスの両端を持ち、
狭い階段を上って地上に出た。
入り口の小部屋に来ると、さすがに息が切れて荷物を置き、
膝に手を突いてはぁはぁと肩で息をしてしまう。

夜なのか、辺りは暗い。
息が整って、扉を開けようとするとLが不意に
夜神くん、と呼びかけてきた。


「ちょっと……もう一度、上に行って良いですか?」


もう二度と来ないかも知れない、ワタリさんが死ぬ前に恐らく
見たであろう部屋に、別れを告げたいのかも知れない。


「分かった」


木の扉を開けて、八角堂の中に入る。
眩しさに、一瞬目を覆う。

よく見れば中も暗かったが、入り口のガラス戸だけは真っ直ぐに光を通し
口ひげを生やしたジェントルな胸像を輝かせていた。
ここに来た時の時間と光線の方角を考えると、朝日に違いない。

Lが、勝手に洋風の上げ下げ窓を上げ、外の鎧戸を開ける。
次々と、真横に近い眩しい光線が差し込んできた。

僕も習って、一つ一つ窓を開いていく。
朝日に満たされた八角の部屋は、前回とは違った趣を見せていた。
初めて気づいたが、部屋の中の意匠も素晴らしい物だ。
前は死を目前にしていたので、ろくろく目に入らなかったが。

それから、階段を上りながらまた窓を開け、暗い二階に上って
無言でまた一つ一つ窓を開けていく。
Lも僕も、何を話すでもなかったが、業務のように当たり前に
作業を続けていた。

そして、申し合わせたようにまたロープパーテーションを越え、
階段を上り、先日行かなかった最上階に行く。
窓を勝手に全て開けると、窓が多いせいか高いせいか、
部屋中が光で満たされた。

光に、溺れ死にそうだ。


「ああ……きれいだな」


今日も天気良く、朝日にきらきら光る海面も茜色に染まった橋も
目の前の島も、息を呑む程美しい風景だった。






  • 八角の棺 8

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送