八角の棺 5 また何時間か経ったのか、次に深い眠りから目が覚めたときには 一瞬状況を見失ってしまった。 右手の、ブレスレッドのようなリング。 小さな部屋。 全裸で毛布を被って寝ていて、隣には骨張った男が これまた裸で体を丸めて寝込んでいる。 ああ、そうか……。 「竜崎」 軽く揺すったが、起きる気配が無い。 僕は起き上がって洗面所に行き、顔を洗って水を飲んで 簡易トイレで用を足した。 それから、天井に向けて手を伸ばし、大きく伸びをする。 何時か分からないが、今を、朝としよう。 僕の、新しい朝だ。 空腹でめまいがするが、両手でパン、と自分の顔を叩き、 脱ぎ捨ててあった服を着る。 「竜崎」 「……」 「上で掃除用具を取ってくるから。 ナンバーロックの外し方を教えてくれ」 丸まっていた毛布はもぞもぞと動き、ボサボサの髪と 景気の悪い顔を覗かせた。 「……夜神くん。あなたは、私から逃れられませんよ?」 「分かってる」 恐らく、上に行って僕だけで外に出れば、ジェバンニにでも 射殺される手筈になっているという事だろう。 そう言えば外は広い芝生と海岸で、狙撃しやすそうだった。 まるで要塞のように。 「3110です」 あっさりと四桁の数字を口にして、Lはまた毛布をかぶる。 「ありがとう」 扉を開けると、冷気が吹き込んできた。 地上で掃除用具を取り、窓から少しだけ海を眺めた後、 Lが心配する前に地下に戻った。 八角形の部屋に入ると、また心が萎えたが仕方ない。 一つ大きく息を吸って、赤黒いシミの上に、足を乗せた。 コンピュータの本体が沢山置いてある棚の一番下に、 大型のツールボックスが押し込んであるのに気づいて引っ張り出す。 中には、きれいにラベリングされたCDがぎっしりと入っていた。 PCをAll deleteしても、こんな物が残っていたら意味ないだろうに。 と思ったが、どうも監視カメラの映像やTV録画など、資料ばかりのようだ。 重さを考えると、どこかに持ち運びする為というよりは、一気に破棄できるよう 一カ所にまとめてあったのだろう。 中身を全部出して寝室の方に積む。 空っぽになった樹脂の箱は、小ぶりなバスタブ位あった。 掃除用具入れから借りてきたゴム手袋を嵌め、また深呼吸をする。 軽く息を止めながら、ワタリの死体に向かった。 初めて前から見た死体……。 空調のお陰で早めに乾いたのか、白骨化せずミイラのようになっている。 だが、ワタリの面影は全くない。 そこまで視界の隅に捉えたが、結局顔は正視できなかった。 視線を逸らして体の上側の、体液が染みていない下ろしたてのような 生地部分に目を遣った。 僅かに視線をずらすと、下側の部分はどろどろに腐り固まっている。 そのギャップにまた吐き気を催し、口を押さえながら入り口まで退避した。 三度ほど行ったり来たりを繰り返して、漸く僕はワタリの肩を掴んだ。 べりべりと、床から剥ぐのに力が要るだろうと思ったがさほどでもなく 軽い体はあっさりと持ち上がる。 元人間だと思うから気持ちが悪い。 マネキンか何かだと自己暗示を掛けながら、少し引っ張ると、 ずず、と動いて……自分で動かしておいて、びくっと震えてしまう。 硬い……そして軽い。 木か樹脂で出来た中が空洞の人形のように、全く曲がらず持ち上がった。 腕や足が取れたらどうしようと思ったが、全くそんな気配もなく ずるずると引きずって、ツールボックスに入れる。 足が少し入らなかったが、押すと簡単に関節が曲がったので、 少し角度がきつい正座のような形にすると、ぴったりと収まった。 大仕事が終わると、残りの体液はこぼしたペンキの後始末のような物で さほど精神的にきつくはない。 もしかしたら、死体を運んで精神が慣れて……いや、麻痺してしまったのかも 知れないが。 ぞうきんで拭おうと思ったが水分を与えて生々しくなるのも困るので CDを一枚ケースから取り出し、根気よく汚れを削り続ける。 そのかけらや粉も箒でとちりとりで集めてツールボックスに入れ、 仕上げにモップを掛けよう。 勿論楽しい作業では全くないが。 自分の精神が壁を一つ乗り越え、先の計画が立てられるというのは 単純に清々しい快感だった。
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