八角の棺 3 くそっ! どうして内側からもナンバーロックが掛かっているんだ! 数字が分からない以上、とてもじゃないが扉は開かない。 そう言えば、Lもさりげなく僕から見えないようにキーを押していたな…… などと思いながら、僕は肩を落としてベッドに戻った。 くそっ! 何も知らずに気楽に眠っているLの隣に横たわる。 しかしさっきうっかり殺してしまわなくて良かった。 ミイラと死体と共に、自分自身の死を待ち続けるなんて嫌すぎる。 「竜崎、起きろよ」 揺すっても起きないので、当初の予定通り洗面台に向かった。 蛇口を上げて暫く待って、水が新鮮になった頃に両手で受けて まず自分の口を濯ぐ。 新しい水を口に含み、ベッドに戻ってLに口移しで飲ませたが、 ドラマのようには上手く飲めず、げほげほと咳き込みながら Lがうっすらと目を開いた。 「おい、竜崎、起きろ。出よう」 「……」 二回程ゆっくりと瞬きしたかと思うと、また目を閉じる。 「おい、竜崎」 「……」 「聞こえてるんだろ?」 起きてはいるようだが、何度呼びかけても目を開けない。 だが僕が、 「おまえ……どうして、僕をここに連れてきたんだ? ワタリさんの死に様を、僕に見せる為か」 と問いかけると、ゆっくりと瞼を上げた。 「……見せて、どうなる訳でもありません。 あなたにワタリの死体を片付けさせる為に、ここに連れて来ました」 「はぁ?」 そんな事、無理だ。 見ただけで吐いてしまうのに。 あれを全部片付けるなんて、不可能だ。 「清掃業者に頼むわけにも……行かないでしょう」 「いや、そうだけど」 「公共施設の地下ですから、あのまま放っておく訳にも行きません……。 あなたが片付けなければ、誰が片付けるんですか」 「ここは神戸だし、おまえならそういう仕事をしてくれる人間も 見つけられるだろ?」 片付ける、という言い方も死者に対する礼を欠いているようで 気に入らないが、それを僕にさせるとは……どういう了見だ。 ……いや、そう言えばLは最初から、 『夜神がした事の償いと後始末を』 と言っていた。 後始末とは、この事か? 僕が厭がる、いや絶対に許容できない事だからこそ、意味がある。 ……という事は……、Lは完全に本気だ。 僕があくまでも拒めば、デスノートに 夜神月 ワタリの死体をきれいに掃除した後死亡、 と書くだろう。 あるいは、もっと酷くてグロテスクな事も。 僕が殺した人間の死を目の前に突きつけ、その穢れにまみれさせる。 Lが好みそうな、「儀式」だ。 だがそれをするくらいなら今Lを殺して、ナンバーロックを自力で解除するか 銃で壊せる方に賭けた方が良い……。 そこまで考えた所で、Lの顔色が、既に死者のように 土気色なのに気づいた。 「竜崎……」 「笑って下さい夜神くん。何が世界の切り札だ、と思っているでしょう?」 「そんな事」 「……私にとって、ワタリは全てでした」 「……」 その言葉を最後に、Lは体を丸めてまた目を閉じた。 すうー、と大きく息を吐き、静かになる。 「竜、」 呼びかけようとして思い直し、そうっと近づいた。 見た所、本当に寝ているらしい。 念の為に数分待った後、僕はLの靴を丹念に調べた。 それから、ジーンズのポケットを。 くたびれたTシャツを、カーキ色のモッズコートを。 だが……八角堂のあの扉の鍵と小型ライト以外、何一つ見つからなかった。 携帯電話さえも。 Lは、デスノートを持っていない……。 ならば、今すぐに殺す必要は無い。 その事に、酷く安堵した。 Lがデスノートを持っていたとしても、僕はこいつを殺せないかも知れない。 会った事もない犯罪者の名前をただ書くのとは違う。 渋井丸拓男に目の前で死なれたのと同じくらいの苦しみは味わうだろう。 いや、自分の手を汚すのだから、それ以上か。 僕は大きく息を吐いて、ベッドの上に行儀悪くどすんと横たわった。 これからどうしよう……。 Lは、本気でワタリの死体を僕に片付けさせようとしているようだが 強制は出来ない。 だが、Lがその気にならなければ僕もここから出る事は出来ない。 腹が減った……。 そう言えば今朝捜査本部ビルを出る前に食べたきりだし 僅かな残りも先ほど胃液と共に全て吐きだしてしまった。 Lも食事には出るだろうから、その時一緒に出られるか……。 とにかく、これがこちらの手の内にあれば、何とかなる。 手の中の拳銃を、まじまじと見つめた。
|