西方の旅 2
西方の旅 2








「……本当に、申し訳、ありませんでした」

「え?何が?」

「あなたが、こんなに窶れている事に、今気づきました」

「ああ……いや、」


こんなに近くにいて気づかないなんて、Lにしては迂闊な事だが
それにしても常に無くくどいな。
実際、謝られるような事じゃないし。


「別に、何も恨んでいないよ」


ニアにせよLにせよ、非公式にしても僕を捕縛したのだから
僕の身柄を好きにする権利があるだろう。
それが社会的道義的に認められるものかどうかは別にして。

それに、命が限られるという極限状態の中、Lの事で頭がいっぱいで
「死」についてあまり考えずに済んだのは、ある意味ありがたくもあった。


「そうなんですか?私があなたを強引に抱いた事も?」

「そうだな……体は辛かったけど、今はもう、それも」

「あなたのお尻を開発したのは、本当に純粋な好意でした」

「……」

「でも、私自身があなたを抱きたいのかどうかと言えば
 よく分からなくなってしまって……」


自分の眉間が寄るのが分かる。
こっちが穏やかに対応してやっているのに、

僕を抱いた、あれが好意?
抱きたくて抱いた訳じゃない?

ふざけるな!

と叫びたくなったが、すんでの所で抑えた。
Lがわざと僕を怒らせようとしているように思えたからだ。


「……そんな事言って、他のお客さんに、聞こえるよ?」

「大丈夫でしょう、離れていますし」


我ながら、穏やかな声が出せた。

この新幹線の車両の、先頭辺りに僕とLは座っている。
「他のお客さん」は、最後部の座席に座っているジェバンニだけだった。
僕を怒らせて、ジェバンニに警戒させようとしているのならお生憎だ。




どうでも良い事をぽつりぽつりと話すLと僕を乗せて、新幹線は西に向かう。

行き先は聞いていなかった。
聞いても答えるかどうか分からなかったし、
聞いただけで自分の運命が分かる場所だったら嫌なので尋ねてもいない。

遙か後方にいるジェバンニも、静かだ。
他はすべて空席、Lがすべて買い取ったらしい。
「Lの移動なんですから当たり前です」だそうだが。

自分の命が後十数時間以内になくなる、という状況でも
僕がある程度平静を保っていられるのは、
ジェバンニお陰と言っても良かった。


彼と毎日話す内、気持ちがどんどんこちらに傾いてくるのが
手に取るように分かった。

Lに、あと何日で刑の執行だと言われたと伝えたら、
両手で僕の手をぎゅっと握り、小声で祈りの言葉を呟いていた。

彼がLに逆らって僕を救出、あるいは逃がす可能性はゼロに等しい。

……だが、完全なゼロではない。

ゼロではない、という所が、僕にとっては大きな救いだった。
彼は、立派に教誨師の役目を果たしているじゃないか。
などと皮肉な気持ちで思うが。

彼の存在を心強く思っている……やや依存している自分に、
少し落胆もしていた。





新大阪で停車中、新幹線に乗り降りする人々を眺めていると
急に胸が苦しくなった。

Lのビルから出て、ここまでの間に見聞きした「日常」。
ジェバンニの運転する車から見えた通行人、自動車、町並み、
駅ビル、土産物屋、プラットホーム、新幹線。

あまりにもありふれた、あまりにも懐かしい風景。

新大阪の薄暗いプラットホームで襟を立てるビジネスマンや、
海外旅行の行き帰りらしい大きなトランクを引いた女性達が、
そんなものの、集大成のように見えてきたのだ。

つまり、僕が見る最後の「都会」、最後の「日常」。
それが、突然やけに心に迫ってきた。


「次で、降ります」


そんな僕に気づいてか気付かずか、Lが淡々と言う。


「新神戸?」

「はい」


神戸に……何かあっただろうか。
キラとして裁いた人間の中には勿論神戸在住の人間も神戸出身の人間も
沢山いたと思うが、特に思い当たる奴はいない。

縁もゆかりもない土地で、どんな死に方をするのかと思うと
少し肌寒くなった。


高台にある新神戸の駅からは、神戸の街並みが一望出来た。
Lは鎖をポケットに入れると、僕に寄り添うように新幹線を降りる。

ロータリーのパーキングに向かうと、見知らぬ男が近づいてきて
ジェバンニにキーを渡した。
彼は心得たように一台の国産車に近づき、Lと僕を後部座席に乗せる。
自分は運転席を占め、車は緩やかな坂を滑るように下り始めた。


高速道路に少し乗った後、国道二号線(と書いてあった)に降りた。
少し鄙びた町並みを抜けると、左手が開ける。
線路を挟んで、海が見えた。

少しすると、線路を残して道は上り坂になり、高台の道を走る。
対岸の島と白い大きな橋の間に、きらきらと光る海面が眩しい程に広がっていた。

久しぶりに見る海に少し感動して……先ほどの富士山の事を思い出す。


「海だ」


今度はLを振り向いて言うと、


「そうですか」


シートにしゃがみ、指を咥えたまま真っ直ぐに前を見つめたまま。
左手の眩しい景色を一瞥だにしないが、その口の端は
微かに上がっているような気がした。






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