西方の旅 1
西方の旅 1








「……手首が、少し細くなりましたか」


品川駅からの長い沈黙を越え、静岡を過ぎた辺りでLが声を掛けてきた。

僕の事など全く無視して隣の席でチョコナントカだのアップルパイだのを
食べていたようだが、会話をする気はあるらしい。

過ぎていく眩しい景色から目を車内に戻すと、夕方のように暗く感じられた。
隣に座っているLがこちらに顔を向けている事は何となく分かったが
しばらくして目が慣れても、視線が合わない。

彼は、先ほどまでの僕と同じように、窓の外に目を向けていた。


(……快晴で景色は良いが、もう何も見えないのに)


何気なく考えてから、ふと気づいた。
Lがこちら側、この席を選んだのは、僕に先ほどまで姿を現していた
富士山を見せる為なのか?

もうすぐ死を迎える僕に、最後の情けか。
確かに日本の死刑囚に対する配慮らしいと言える。

だが……僕が富士山を見てもはしゃがなかったので、
Lに向かって「富士山だ」と言わなかったので、
仕方なく自分から話しかけてきた……。

だとすれば、せっかくの気遣いをスルーしてしまった事になる。
しかしLが僕にしてきた事を考えれば取るに足らないプラスでもあるし、
そんな気分にもなれなくて結局僕は触れない事にした。

だって、僕が痩せたとしたら。


「……おまえの、せいだろ」

「そうですか。申し訳ありません」


Lはそう言って手錠がはまった手をがちゃがちゃと上げ、頭を掻く。
全く……いつもながら、悪いと思っているとは思えない。

Lの手首から伸びた鎖は僕に繋がり、その鈍色のリングに通った手首は
確かに以前より少し細くなったような気がした。




最後の数日、僕はLと手錠で繋がれたまま生活した。
掃除も出来ず、ニアにさりげなく訴えかけても無視される。
彼らの間の取り決めでは、僕はニアに所属するらしいから、
その彼が承知しているなら、他の誰に何も言っても無駄だ。

そんな訳で僕は、貴重な人生最後の数日を、
この生気のない男の横顔を見ながら無為に過ごす羽目になった。


夜は……恐れていた通り、僕の体が傷ついてもおかまいなしに
抱かれた。

正直、僕も狂っていた。

死ぬほど痛くて苦しいのに、易々とLを受け入れる……。
体の痛みと「小さな死」の快楽に思考力を手放して、
刻一刻と近づいてくる本物の死を忘れたかったのかも知れない。

どこか他人事で……夢のような日々だった。

だが、三日目程から、僕は絶えず発熱に悩まされるようになり。
下半身の出血が激しくなると、Lは手当をしてそれ以外は
指一本触れなくなった。

そのまま死んだとしても誰も何も困らなかったと思うが。
何故、最後にそんな風に面倒を見てくれたのか今でも分からない。




『……L。一つ聞いてもいいか』

『はい何でしょう』


Lが僕を抱かなくなった後。
ベッドサイドでぼんやりとPCを見ているLに、何気ない振りをして
尋ねた事があった。


『昨日から……あの、変に体が熱い感覚がなくなったんだけど』

『はあ』

『もしかして……食事に何か盛ってた?』

『ええまあ』


やっぱりか!おかしいと思ったんだ。
僕があんなになるなんて、普通では考えられない。
だがLは悪びれるどころか、珍しく苛々した様子を隠しもせず、
爪をがりがりと噛んでいた。


『それは、媚薬的な物?』

『だから!もう入れてないんですからいいでしょう?』

『……』


僕を気遣うか完全に無視するか、いずれにせよ穏やかな態度を崩さないLが、
激昂したのはこの時が初めてだった。

人に薬を盛って置いて逆ギレか、と腹が立ったが、
コイツを逆上させてまた体を痛めつけられるのはごめんだ。
僕は結局何も言わなかった。

だが以来、Lはピリピリしている時も、それを隠さないようになった。


……こいつは本当に、分からない。


僕の隣でやけに緊張していたり、呆けてぼうっとしていたり。
絡んできたり、無視したり。

元々……キラ事件を捜査していた頃から、やや分裂症気味に見えたが、
この数日はそれが顕著な気がした。

まあ。
もう、そんな事はどうでもいいのだが。






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