長夜の憂 1 夜中、腹の痛みに目覚めると、手錠が外れていてLはいなかった。 腰が痺れたようにだるく、起き上がれない。 何とか這ってバスルームに行き、トイレに行くと案の定下っている。 だが、Lに中に出された痕跡はなかった。 Lが硬く縛った、貝の口を何とか解き、よろよろとシャワーを浴びる。 取り敢えず精液を洗い流し、息も絶え絶えに体を拭いて新しい寝間着を着ると 少し生き返った気がした。 「おはようございます」 耳の傍で張られた声に再び起きた時には、もう日が高いようだった。 ニアが、目の前で顔を顰めている。 ああ……昨夜はとりあえずシーツを外して丸めてその辺に放ったから。 精液が臭うのだろう。 「昨夜は随分お盛んだったようで」 「……よくそんな言葉知ってるな」 「私にあんな事をしようとしていた癖に、自分は」 「したくてした訳じゃない」 ああ……何とも言えず情けない。 YB倉庫でキラの醜態を曝した時から、プライドなど捨てたと思っていたが あのニアに、こんな見苦しい姿を見られるのは堪らなかった。 ニアの方も、苦い顔をしている。 「……何なんでしょうね。男同士で、抱くとか抱かれるとか襲うとか」 「ああ……」 元凶は、あの不健康甘味男だ。 ゲイではないと言っていたが、どうだか。 じゃなければ、わざわざ僕に、このキラに、あんな事をするとは思えない。 それにしては射精しなかったようだが、EDではなさそうなので ただの変態としか思えない。 「おまえも、」 「ません」 おまえもLに抱かれたんじゃないのかと、訊こうとしたら遮られた。 「抱かれてません」なのか、「答えません」なのか。 だが良く考えれば、「レッスン」でも、指にワセリンを付ける所までは 平然していたが、ペニスを入れると言ったら半泣きだった。 僕にされたのと同じように、言葉でsexual harassmentを受けたか、 性的な愛撫だけされたか。 そのような所だろう。 まだヴァージン、という訳だ。 ニアがLに酷い事をされていなくて良かったと、 何故か少し安堵した。 午前中はさすがに休んでいたが(手錠はベッドに付けられていた) 昼になり、少し回復して腹が空いてくる。 だが食事を乗せたワゴンを押してきたのが…… リドナーではなくLで、げんなりした。 「……よく、僕に合わせる顔があるな」 「意味が分かりません。 私はあなたにアナルセックスの良さを教えただけです」 「頼んでない!」 「あなたは体も物覚えが良くて感心しました」 「……」 僕を苦しめる為に。 体を痛めつけるだけではなく、度を越した快楽を加える。 有る意味Lらしい、厭らしく残酷な刑罰だ。 いや、刑罰のごく一部なのだろうが。 「そんな事ならおまえ、……」 「何ですか?」 言いかけて、口を噤んでしまったのは久しぶりで内心臍を噛む。 敢えて相手の興味を惹くためにした事はあるが、 本当にうっかり口にしてしまうなんて。 「……」 「気になります。続けて下さい」 「……僕を弄るだけなら、道具でもいいだろって話だ」 おまえは射精をしていない。 自らが快感を得る事が目的で無いのなら、それ用の責め具を使えば良い話。 「道具?」 「だから……わざわざおまえが……」 「ああ!」 Lは急に、ぎょっとする程大きな声を上げた。 わざとらしく驚いたような顔をこちらに向けて、 「あなたが悦くなるのが、私のペニスによって、という所が 良いんじゃないですか」 「〜〜〜〜〜!」 思わず枕を投げつけてしまった。 クソッ! やっぱり何も言わなければ良かった。 食事が終わった頃、またLが訪れる。 「きれいに食べましたね」 「とにかく、おまえの顔は見たくない。 もう起きるし掃除もするから、出て行ってくれ」 「そう言われましても。抜糸しなくていいんですか?」 「……」 ああ。そんな事を言っていたか。 確かに、普通の医者を呼んでもらえない以上これだけはLに頼るしかない……。 いや、あと六日の命ならそんな事しなくても……。 それとも抜糸の時機を逸して置いておいたら、酷い事になるのだろうか。 「……った」 「はい?」 「わかった!から!……頼む」 Lは親指を咥えたまま、しばらく僕を眺めていたが、睨みつけていると ワゴンの下から道具箱のような物を取り出した。 座った僕の後ろに立って、右肩から襟を滑らせて下ろす。 そのゆっくりとした仕草に、何故かゾクゾクして不快だった。 それから首の付け根に手を置き、麻酔も掛けずに目打ちのような物で 肩の縫合痕から糸を引っ張り出しているらしい。 ぱち、ぱち、と爪を切るような音がして、変な手つきで抓んだピンセットで 糸を抜いていくが、なかなか鮮やかな施術で痛みもなかった。 「横になって下さい」 肩の抜糸が終わった頃、後ろから掛けられた機械的な言葉に、 つい「患者」になってしまって素直にベッドに横たわる。 見上げたLは、涎を垂らしそうな顔でニッと笑っていた。 しまった、と思った時には、Lの手は僕の腹から胸を、すうっと撫でている。 「竜崎……」 「冗談です。普通に抜糸しますから体の力を抜いてください。 力が入っていると痛いですよ?」 「……」 怒りに震えそうになりながら身を任せたが、後はふざけず 脇腹と手からも糸を抜いてくれた。 終わった後も、特に揶揄うでもなく、すっと背を向けて部屋から出て行く。 ……分からないな。 あいつは、僕をどうしたいんだ。 僕は昼食を食べ終わった後、洗濯を始めた。
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