空虚の宴 1
空虚の宴 1








「あなたがした事の一部の償いと後始末は、必ずして貰います」


そう宣言したLだったが、あれ以来その件については全く触れなかった。
忘れた訳ではないだろうが、まだ時期ではないという事だろうか。




ニアが、あの山の中の病院(?)から僕を連れ出した後。
残されたLはレスターを振り切り、単身米軍基地に乗り込んで
武器とヘリを調達したらしい。(滅茶苦茶だ)

そして元捜査本部ビルの屋上に着陸し、エレベーターを壊して侵入した……。

ニアが言っていた通り、Lならもう少しやりようがあったと思うのだが
敢えて派手に突入して来たのは、ニアの気持ちを収める為だったとしか
思えない。


それが功を奏したのか、二人は何事もなかったかのように関係を修復し、
このビルに落ち着いた。
現在、Lもニアと共に何か仕事をしているらしい。
恐らくキラ事件以降の「L」への依頼をこなしているのだろう。

僕とは、殆ど接触が無い。
有難いが、不気味でもあった。
いつ突然、復讐されるかと。


僕はと言えば……あれ以来、このビルの掃除をしていた。


ジェバンニに言った「一日できれいに出来る」というのはさすがに伊達だったが
毎日地道に拭き掃除や廃棄を繰り返し、それなりに整って来ている。

ニアとしては僕に屈辱を与えたつもりかも知れないが
元々物をきれいにしたり、不要なものを捨てたりするのは好きな方だ。
病人然とした寝間着ではなく、動きやすい作業着が与えられたのも嬉しく
つまり、全く苦ではなかった。

それに、少しづつ体を動かす事はいいリハビリになる。
何より、限られた範囲だが手錠なしで動けて、しかも
自分の裁量で(掃除とは言え)物事を決められるというのは、
磨り減っていた人間性の機能回復訓練にもなった。


その他、午前と午後と一時間づつ、キラ事件の取調べと称した
ジェバンニとの会見があるが、これも楽なノルマだ。
雑談には応じるがデスノートについては完全黙秘、そのスタンスを貫いているが
特に恫喝も拷問もされない。

先行きに不安はあるが、正直、今の環境は心地よかった。

未来が見えないから、未来に備えなくて良い。
物心ついてから常に全速力で駆け抜けてきた僕にとって
今は生まれて初めての弛緩した時間なのかも知れなかった。




しかしニアは、何を考えているのか、夕食が終わるとまだ
僕を手錠で繋いでいた。
自分の右手と。


「なあ……そろそろ別々に寝ないか?」

「どうしてですか?」

「どうしてって」


ベッドの上に、枕を抱えたニアが転がる。

長い間化かしあい、幾度となく似顔絵を睨み付けた相手だが
生身のニアは意外にも付き合いやすかった。

というか、愛想と言う物がなく、僕に対する嫌悪を隠そうともしないので
(その割にこうやって一緒にいたがるのは不思議だが)
こちらも全く気を使わなくて良い。

それに……絶えずだらしなくへたり込んだり寝転んだりしている体も、
女の子みたいな顔も、実は嫌いではなく。
自分とかけ離れすぎていて、同族の同性というよりは、
少し大型の動物と一緒に居るような感覚で、そこがLとの大きな違いだった。

だとしても、ずっと一緒に寝続けるのはやりすぎだと思うが。


「嫌ですか?」

「嫌じゃないけれど、お互いに一人で寝た方が落ち着くだろう?」

「かも知れませんが。
 Lが、あなたの元に夜這いに来ても良いと?」

「……来ないよ」


Lは僕が嫌いだ。
一度僕を支配して気が済んだだろうから、次に接近してくるのは
恐らく僕の息の根を止める時ではないかと思う。
その為に、常時居場所を把握しておきたいのだろう。

今の僕にとってLは、本物の死神より死神のイメージに近い存在だ。


「あと、そろそろパジャマを買って欲しいんだけど」

「そのキモノがあるじゃないですか」

「病人みたいだ」

「私は、好きですけどね」

「……」


和服の寝間着が、好きなのか……。
いや、いいんだが。

気付けばニアが、横髪をくるくると指に巻きつけながら、
じっと僕を見ていた、
黒い……やや瞳孔の開いた目。
本当はほとんど見えていないのかも知れないけれど。

僕を、凝視する。

これは……そういう意味だと思ってもいいのか……。

いや、
というか、こんな事を思う事自体僕が溜まっているという証拠か。
確かに(Lとついヤッてしまった時以外)禁欲生活だが。

……瞬時迷ったが、結局僕は無言で手を伸ばした。
その細い項に掌を回し、引き寄せる。
ニアは抵抗なく、くたりと倒れてきた。
顎を掴んで上を向かせ、唇を重ねる。

薄い舌は健在で、僕はそれを吸いながらゆっくりと押し倒した。

柔らかい髪、柔らかい肌。
ニアの両手は僕を押し返すように縋りつくように、肩を掴んでいる。
その慣れていない仕草に……また少し興奮した。

一層深く舌を入れながらパジャマのシャツの下に手を差し込むと、
改めて強く押し返されて唇が離れた。


「何だよ」

「そこまでです」

「キスはいいんだ?」

「……ええ。まあ。でもその先は」

「言ってあっただろ?おまえが言い訳出来る程度に僕が回復したら、
 おまえを襲うって」

「ああ、なるほど」


ニアは何か納得したような顔をすると、体を捻ってベッドサイドの
引き出しを開けた。
その中から小さな鍵を取り出して、自分の手錠のリングを外す。
そんな安易な場所に隠してあったのか……。

そのままどうするのかと思っていたら、鎖をベッドヘッドに通して
今度は僕の右手に手錠を掛けた。


「どういうプレイ?」


ニアは無言でニッと笑い、ベッドから下りて室内フォンのボタンを押した。


「L。来てください。夜神が欲求不満のようです」

「おい!」


冗談だろ?!


だがニアは澄ました顔でドアに向かう。


「ニア!どこへ行くんだ!」

「寝に行くんです。別々に寝たいんでしょう?」

「そういう、」


意味じゃないと、言いかけて思わず唇を噛む。
そういう事か……。


「……仕組んだのか」

「どういう意味ですか?」

「おまえと、Lで。仲良く僕を痛めつける訳だ」


悔し紛れに吐き捨てるように言ってしまったが、
何故かニアもいつも以上に冷たい目をした。


「……別にLと私は仲良くありません。
 Lは私を信用していないし逆もまた然りです」


嘘を吐け!
あの男は、おまえの機嫌を取るためにヘリまで用意したし、
おまえに手を出されるのに耐えられず降参した。

おまえだって、Lと深く関わりたいからこそ、僕を連れて逃げたんだろう?
まるで、父と反抗期の息子……いや、光源氏と紫の上だ。


と、言おうとした所で、ニアがドアに触れる前にドアが開く。
そこには……異様な速さで来室したLが立っていた。






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