狂気の男 4
狂気の男 4








『私は……何か、間違えて……』

『……』

『……』


魅上の言葉を、聞きたいが上手く入ってこない。
外国語だからというだけの理由ではないだろう。

私も何度か大病をした事も、熱を出した事もあるが
これ程体が自分の思うとおりにならない経験は初めてで、軽く恐怖した。


『私が……削除したかったのは、死なせたのは、』

『……』

『社会のゴミ……の癖に、図々しく平凡に幸せそうに生きている……』

『……私は、おまえらと違って、』


モニタの中の魅上の表情が一変したのを見ながら、
私はまた痙攣する。


『私は……私の裁きは……逆恨み……?』


魅上は突然両手で自らの髪を掴み、しゃがみ込んだ。


『いや、そんな筈は……』

『犯罪者も裁いた』

『も、』

『私は……』


最早、誰に聞かせる為でもなく、ぶつぶつと脈略もなく
独り言を呟き続ける。

Lは、相変わらず私を弄りながら目を見開いて、
そんな魅上を見つめていた。


『私は……ボクは……!』


三十分程経った頃、魅上は突然、騒音の中にいるかのように
両手で耳をきつく塞ぎ、ごろごろと転がり出した。
消え入りそうだった独り言が、スピーカが壊れたように大声になる。


『悪くない!』

『だっておかあさんが、』

『ボクはなんもしてへんのに!』


だんだん日本語が崩れて聞き取りづらくなって行く。
魅上の精神も、人の形を成さなくなっているようだ。
キラ事件の自白はほぼ終わっているから良いような物だが。


『ボクは!ボクは!あいつらが!……いーやーやーこーやーやー!』

『せーんせぇにーゆぅーたぁーろぉおおお……先生!やない!神!』

『神!私は……』

『……』


床に転がり、限界まで体を丸めて小さく固まった魅上が、
スイッチを切ったかのように突然黙り込む。

数秒後、カクカクと変に動いた後、「ぐふっ、ぐふっ、」という
不気味な声が聞こえてきた。

それは、魅上が精神の均衡を完全に失った音だった。



ひゃひゃひゃ、きーっくし、くし、と、とても人間とは思えない声を上げながら
魅上は髪を掻き毟り、床を転がりまわる。
涙と涎を滝のように流す顔は、それでも満面の笑みを湛えていた。

きっと、一般人から見れば正視に耐えない光景なのだろう。
この上なくむごい有様なのだろう。

だが私は……グロテスクだとは思いながらも、見つめながら高ぶっていた。

Lも、いつも通り恐らくなんの感情も持たず、凝視していた。




魅上の哄笑が徐々に小さくなり、やがてその引き攣りも止まった時……。
つまり、生命維持活動を止めた瞬間。

Lは全てから興味を失ったようにすっと私の体から指を抜き、
ティッシュで拭って無言で立ち上がった。


「L……」


あなた、デスノートで人を殺しましたね?

咎めたかったが、Lは私を一顧だにせず部屋から出て行く。


私は……寝転がったまま魅上のモニタに目をやった。
その中に散らばった髪の束や、どこからの出血なのか、
あちらこちらに垂れている血痕を……
見たくない、という感情が湧いたことに少し失望し、少し安堵もする。

だが……髪を掻き毟りたいのも、血を流して全部出し切って
消えてなくなってしまいたいのも私の方だ。

と思った途端、酷く脱力した。

どうも私は、私が思っていたより脆弱な精神をしているらしい。


私は、Lだ。

私も、Lだ。


心の中で何度か呟き……十分間だけ自分に時間を与える事にする。


魅上は、全ての罪を認め、悔い改め……たのだろうか。
最後は、心安らかに逝ったのだろうか。

……とても、そうは見えなかった。

デスノートは、書かれた死の状況を及ぶ限り実現しようと試みる。

だがそれが矛盾を孕んでいて不可能だった場合は……
不出来なプログラムのように歯車を狂わせて、結局どちらの指示も
遂行できないのかも知れない。


L。


「実験です」の一言で
他人の、人としての尊厳をいとも簡単に踏みにじってしまえる男。





結局、十分間を自分の為でなく、魅上……いやデスノートの考察に
使ってしまったが、私は這い始め、マイクにたどり着いた。
それからレスターに一人でモニタルーム来るように連絡する。

私の腰が立たない様子を見たレスターは、驚いた顔をしたが
何も聞かずにいてくれた。

恐らく、部屋中に立ち込めた匂いと飛び散った液体、私の様子から
私に降りかかった災禍を察し、その原因となり得る人物は一人しかいないと
推察したのだろう。
それがいくらあり得なそうな事でも。

彼は、Lや夜神とは別の意味で実に優秀だ。
時折腹立たしいくらいに。



それから、レスターに手伝って貰ってシャワーを浴び
ジェバンニに電話をした。


「ビルの屋上にヘリが格納してある筈です。
 最低限の掃除が終わり次第整備して、可及的速やかに
 迎えに来てください」





--了--





※で、「荒城の月」に繋がります。
  魅上ごめん。合掌。





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