硝子の塔 4 全く。 ガキの喧嘩かと思うが、ニアはLに、謝罪と僕の所有権、 処遇の決定権を求めた。 というか、謝罪はともかく、何故僕が関係して来るんだ。 「さすがですね。私はかなり長期戦になると覚悟していましたが あなたは数分で解決した。少し尊敬しても良いです」 重い扉のハンドルを回す僕に、ニアが話し掛けて来る。 「いや……」 僕は、Lの目の前でニアを穢せば、きっとニアに対する執着を失って 去っていくと思ったのだが。 完全に裏目に出た……。 苦い顔で言葉少なに答えるしかない。 「今回の事で、あなたがLに対して抑止力を持つ事がよく分かったでしょう?」 「いや……男同士の、しかも自分の知り合い同士のベッドシーンを 見せられそうになったら普通誰でも音を上げると思うけれど」 「Lが『普通』だとでも?」 手動ロックを外しながら、答える余裕もなく僕は慄いていた。 再び会った時が終わりだと、思っていたLに僕はもうすぐ会ってしまう。 「とにかく、あなたの扱い一つでLが言う事を聞いてくれるみたいなので 私は当分あなたを手放せません」 「ああ、そう」 まあ……ニアが僕を殺せなくなったのは目論見どおりだが。 まずはLと顔を合わせた時、だな。 忘れ物を届けるとかふざけた事を言っていたが、勿論それだけで済む筈がない。 それともニアの手前、いきなり殺しには来ないか? 重い扉を開けると、冷たい外気が流れ込んでくる。 地下通路では、扉の脇にジェバンニ、十数メートル向こうに ランチャーを足元に下ろしたLがいた。 「L……」 少し安堵してシェルターから一歩踏み出しニアと並んで立つと、 Lは突然腰の後ろに手を回し、その手を驚く程素早い仕草で前に突き出す。 そこに握られているのは……オートマチック銃? 「動かないで下さい」 「え……」 銃口。 その向こうの肩。 やや横を向いたLのぎょろりとした右目。 が、ほぼ一直線に見える。 などと冷静に考えていたが、実際には動けなかったと言った方が良い。 それもコンマ五秒程の事で、恐怖を感じるより前に 銃声が地下道に木霊した。 手首のリングと鎖が、軽く「キン!」と音を立てる。 「ちょっと、その鎖を張って貰えますか?」 「……」 何だ……。 僕を狙ったわけではなく、手錠の鎖を切ろうとしたのか。 崩れそうになる膝を、気力で抑える。 それにしても、片手でこの距離から狙って細い鎖を掠めるとは。 意外と射撃の腕も良いらしい。 「早速勝手に手錠を切ろうとしないで下さい。 私の意志を確認して下さい」 ニアが言い、Lが多少不満げに銃口を上げる。 だがやがて口の両端を上げた。 「良いでしょう。今後夜神に関する事は全てあなたに許可を取ります」 険しい顔をしていたニアは、それを聞いて少し驚いたような顔をした。 一瞬呆けるように眉を開いて、それから俯いて。 「L」 「何でしょう」 「……私は今回、少し頑張ったでしょう?」 十数メートル離れた相手には、聞こえるか聞こえないかの小さな声。 その手にはいつもの気に入りのおもちゃはなく、手持ち無沙汰に 指を組んだり外したりしている。 Lはゆっくり、ぺたぺたと、踵を踏んだスニーカーで歩いて来た。 やがてニアのすぐ前で止まり、その肩に手を置いて身を屈め 顔を覗き込む。 「ええ、とても」 「……」 「この私が出し抜かれたのですから」 「……あなたが本気を出せば、もっと穏便にスマートに 解決できたと私にも分かります。 フェアプレイに感謝します」 「いえ。あなたの作戦は完璧でしたよ。 まず夜神を確保した事。籠城で勝てる準備をした事」 ニアは顔を上げ、ぎこちない微笑を作った。 なんだコイツら……。 ヘリで逃亡してロケットランチャー持ち出して、エレベーター一基破壊して。 その結末が、これか? 僕は急に疲れが出て、つい膝に手を突いてしまう。 「ああ、そう言えば夜神に何か用事があったのでは?」 そう言えば、Lは僕をどうするんだろう。 「そう言えば、忘れ物を持って来たんでした」 銃を腰の後ろに隠し、再び現れた手の指先には、 白い物が抓まれていた。 「何?」 僕の鼻先に、いきなりぶら下げられたものは。 スリッパの片方だった。 「?」 「落としたでしょう?」 「……ああ」 慌ててヘリコプターに乗り込んだ、あの時か。 しかし何故そんな物をわざわざ? Lの意図が分からなくて混乱する。 実際今だって新しく用意されたスリッパを履いているし。 「探しましたよ……このスリッパの持ち主を」 「……」 ……迂闊だが、そこまで言われて僕は漸くこれがシンデレラに掛けた 冗談だと気付いた。 と同時に。 ……背筋が凍る。 ガラスの靴……原作ではスリッパを携えて、一度踊っただけの姫を 執拗に探索させた王子。 ニアの言っていたLの「僕への執着」が。 いきなり、リアリティを持つ。 「魔法が解ける訳でなし、そんなに急がなくても良いのに。ねぇ?」 建前の「用事」の内容が下らなければ下らない程、 本当の「用事」の薄気味悪さが、底知れない。 「……おまえが追ってきたのは、ニアか?それとも……僕なのか?」 「両方です」 僕を真っ直ぐに見据える、真っ黒な目に。 長い指が押し広げた下唇から覗く、青白い歯に。 初めて、「死」を超える恐怖を感じた。 --了-- ※結局バカ兄弟(Lニア)の兄弟喧嘩みたいな感じだったようです。 それにしても、シリアスを書いているつもりなのに、 どうしていつの間にかギャグっぽくなっているのか……。
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