硝子の塔 3
硝子の塔 3








……は?何を、言っているんだ?

Lは僕を憎んでいる。
だから「僕に復讐する事」には執着するかも知れないが、
それはニアと僕との事には全く関係ない。

案の定Lは、「困惑」に見える表情のまま、カメラに向かって首をかしげた。


『私が夜神に会いたいのは、単に忘れ物を届けたいからです』

「忘れ物とは?」

『それは追々』

「へえ。それだけですか?」

『そうですね。あとは夜神がした事の償いと後始末を少々』


「少々」という発言には、逆に色々と含まれていそうで不気味だった。

それにしても……何万の人間を死なせた僕に、償いをさせると?
もしそれが犯罪だと仮定すれば、償いきれるものではない。
僕は、助けたその何倍もの命で釣りが来ると思っているが。

モニタの中のLが、僕に向かってニッと笑う。
カメラ越しにこちらの心を見透かそうとしているようで、不快だった。


『それだけです。彼を返しなさい』

「では、何故夜神を抱いたのですか?」

『……ちょっとした、お仕置きですよ。逆に噛み付かれてしまいましたが。
 そのせいで更にお仕置きをしなければならなくなりました。それも含めて、』

「私にした事も、お仕置きですか?」

『はい』

「……」


ここまでナチュラルに上から目線だと、いっそ気持ちが良いくらいだな。
Lは今まで、自分より上の立場の人間に会った事がないのだろう。
いたとしたらワタリくらいだが、彼を亡くして何かの箍が外れたのかも知れない。

逆にニアは、本当に自分一番でやってきたのに、ここへ来てLという
明らかに自分より能力が上の者と出会って困惑している。

男として最大の屈辱を与えられても、抵抗できない程に……。


『とにかく、ここを開けて下さい』

「嫌です」

『……ではここで、そちらの食料が尽きるまで待ちましょう』

『L。あの……中には、二人なら一年程生きられる食料がストックしてあります』

『そうですか。ではここで一年待ちます。
 ジェバンニ、椅子を持って来て下さい。
 あと、日替わりでケーキを届けさせるように手配を』

『え……』


Lはきっと、本気だろう。
あいつは非常識の塊だから。

マイクのスイッチを切って、ニアに向き直る。


「どうする?」

「困りましたね」

「Lは全く交渉する気がないみたいだが」

「そうですね。申し訳ないですが、ここで一年私と暮らした後
 Lのスタンスに変化がなければ一緒に死んでください」

「……僕を殺して、食用に加工して生き残るんじゃないのか?」

「残念ながら調理者がいませんから」


相変わらず真面目でつまらなそうな顔。
憎む男と暮らす事も、閉じ込められて生きる事も、やがて飢えて死ぬ事も。
カニバリズムさえもこいつにとっては「つまらない」事なのかも知れない。

そんなニアが、何故……。


「何故、Lにあんな嘘をついたんだ?」

「嘘?」

「僕と寝たって」

「嘘ではありません。あなたとベッドを共にしたのも、
 男同士のセックスについて教えて貰ったのも本当です」

「……わざとか。その為に、手錠を掛けたのか?」

「それもあります」


僕は溜め息を吐いて自分の頭に手をやり、髪をぐしゃりと掴んだ。
ニアの癖が少しうつったのかも知れない。
それにしても。

執着しているのは……

Lに執着しすぎているのは、ニアの方だ。

恐らく。
ニアにとって「L」以外は、全てがどうでもいいのかも知れない。
自分の命さえ。

……ならば僕は、どうすべきか。
この事は、利用できるのか。
どうすれば生き残れるのか。

考えろ。

考えろ。

……。



「ニア。おまえは、Lが好きなんだな?」

「いいえ。好きでも嫌いでもありません。
 Lは、そういう対象ではありません」

「そう。なら、怖いのか?」

「……」

「おまえが僕を道連れに、ここに立てこもる理由はそのどちらかしかない」

「……あなたはやはり、単細胞ですね」

「そうか?おまえはここから出て、Lにまた『お仕置き』をされるのが怖いんだ」


勿論本当にそう思っている訳ではない。
ニアが本当に恐れているのは、自分が身も心も
Lを受け入れてしまう事だろう。

Lに執着し、Lと対等な関係を築きたいのに、一方的な肉体関係で
上下関係を固定されてしまう事を、危惧しているんだ。

逆に言えば、Lの方はそれを狙っているのか。

ならば……。


「ニア。Lに一泡吹かせてやろうか」

「Lは蟹じゃないですからそんな物吹きませんよ」

「……とにかく。おまえと僕と、二人ならLに勝てる」


ニアは、メロと二人ならLを超えられると言った。
僕は一人でもLに勝ったが、こう言えばニアも納得するだろう。


「何をするんですか?」

「おまえとここで」


頭を引き寄せて、その耳に「本番を見せ付けてやろう」と囁くと
ニアは寒気に駆られたようにぶるっと身を震わせた。
答えがない事を承諾の印と勝手に決め、マイクをonにする。


『相談は終わりましたか?』


Lが言うのを無視して、カメラに映っている事を確認したソファに
ニアをゆっくりと押し倒し、その銀色の髪に指を差し込んだ。
ニアは抵抗しない。


『……何を始めるんですか?』

「暇つぶし。長い籠城生活が始まるからね」


言ってからニアの首筋を舐め上げると、その体は魚のように跳ねて
喘ぎ声を上げる。

感度が良い事だ……と思ってちらりと顔を上げると、
氷のように冷たい目と視線が合った。
演技か……。

だがこの様子なら、カメラ越しには初めてと見えないだろう。
二人でシミュレーションしたのが、ひょんな事で役に立ったな。

黒い目を覗き込みながら顔を近づけると、実は青みがかった灰色なのだと気付いた。
どうも、常に瞳孔が開きがちらしい。
緑内障か何かの病気かも知れない。

そんな埒もない観察をしながら唇を合わせると、ぼやけた瞳が閉じられる。
僕の作戦に、加担してやるという合図なのだろう。
舌を入れたが抵抗はなく、絡めた舌は今までキスしたどの女の子より薄く、
そんな所まで猫のようだと思った。

脇腹に手が触れ、しがみ付くように(しかし近づき過ぎないように)
寝間着の布地をぎゅっと握られた気配がする。

キスに没頭していると、Lがまた扉を攻撃したのか、地響きがした。
思わず一瞬顔を上げてしまったが、構わず耳を舐める事にする。
手をパジャマのシャツの裾から差し込んで、脇腹を撫でると
バスルームで見た白い陶器のような肌が目に浮かぶようだ。

肌だけならまるで女のような、そう、例えばリドナーを思い出して……。


そこで、もう一度爆発音と地響き。
今度は顔も上げずにいると、ブツ、とスピーカから妙に大きな音がした。
マイクか何かの配線が損傷したのか、少し割れたLの声が響く。


『……ニア』

「んっ……あ……」


答えない、我を失ったようなその声は振りだけだが
Lには判るまい。


『ニア。分かりました』

「う……んんっ……」

『分かりましたから、要求を』

「……」

『……どうしたら出てきてくれるのか、言って下さい』


僕とニアは、思わず顔を離して目を見合わせる。

それが、Lが唐突に上げた白旗だった。






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