硝子の塔 2 突き当たりの防火扉……に見えたのは、どうやら実は銀行の金庫並みに 分厚い無垢の金属扉だった。 ジェバンニが扉の隣にあるパネルを操作すると、重い音がして ゆっくりと扉が開いていく。 扉の断面には直径5センチ程の穴がいくつか開いていて、 扉枠から飛び出した金属棒がこの分厚い扉をロックする仕組みのようだった。 「確かにこれならロケットランチャーでも大丈夫だろうけど……。 それこそ兵糧攻めにされるんじゃないか?」 「半年分の食料が入っているのはこの中です」 「だとしても、こんな所に入ったら状況は悪くなる一方だろ? 今からでも駐車場から外へ逃げた方がいいんじゃないか?」 「あなたやっぱりバカなんですか?そんな無計画に逃げてどうするんですか? 『逃げながら考える』なんて、惚けたこと言わないで下さいね?」 「急いでください!いくらLが階段でも、もうすぐ来ますから!」 ジェバンニに背中を押されて、渋々中に入る。 中は思ったより広く、シンプルな調度ながらも住み心地の良さそうな部屋だった。 見た所、簡単な医療器具や薬剤等が揃っている棚も有る。 それらを観察していると、背後の扉がゆっくりと閉じて行った。 ニアに言われて丸いハンドルを回すと、金属バーが出てロックされていくらしい。 「意外と原始的だな」 「電子ロックで、破壊されて閉じ込められたりしたら洒落になりませんから」 内側のパネルを操作すると、扉の横のモニタにジェバンニが写った。 扉の外側の様子がリアルタイムで見られるらしい。 やがてジェバンニが背後を向いて固まったので、 ニアが外のカメラの角度を遠隔操作すると…… 通路の向こうから、肩にロケットランチャーを担ぎ、背を丸めたLが、 ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る姿が写った。 「来たな……」 「はい」 息を飲んで言わずもがなの事を確かめ合い、モニタを注視する。 と、画面の中のLがいきなり筒を構え、そこへジェバンニがフレームインして来た。 扉の傍にいたら危ないからだろう。 そしてLは躊躇う事なく引き金を引いたらしい、モニタ画面の中で何か光り、 前回より振動は小さいが、音が大きな地響きがあった。 ニアが小さく舌打ちして、マイクのスイッチをオンにする。 「L。コントロールパネルが壊れたら交渉手段がなくなるのでやめて下さい」 ニアの声が扉の向こうのスピーカから流れ、地下通路に響いた。 更にそれをマイクで拾って返すので、こちらのスピーカから聞こえる声には 不思議なエコーが掛かっている。 『だから狙いは外しました。今のは私が本気だという事を示すための デモンストレーションです』 Lも少し響く声で、何の挨拶もなく普段どおりの口調で返す。 「口で言って貰えば分かります」 『許してください。一種の様式美というやつです』 何だか……緊迫しているのかのんびりしているのか分からないな。 Lとニアの、武器を構え、鋼鉄の扉を挟んで向かい合っているとは思えない 会話を聞きながら、僕も息を吐いた。 『そこに、夜神もいるのですね?』 「ええ。見ますか?」 『はい』 ニアが操作すると、扉上のカメラの赤いランプが点いて動き出した。 モニタの中のLが、微妙に視線をずらす。 そちらに中の様子が映るモニタがあるのだろう。 『お久しぶりです夜神くん。お元気そうで何よりです』 「……一昨日の晩、会ったような気がするけど」 『丸二日ぶりです。長かったですよ』 「おまえね……僕が嫌いなんだろ。気持ち悪い事言うなよ」 ニアに習って平静な会話を心がける。 すると、ロケットランチャーをこちらに向けた相手に対する恐怖心も 少しマシになるようだった。 『夜神くん。ニアを説得して、出てきて下さい』 死んでも出るものか。 ニアはともかく、僕は次にLに会う時には殺される可能性が低くない。 「まず、ニアと何があったんだ?それが分からないからには、」 『あなたには……』 その時、ニアが不意に僕の腕を掴んだ。 「L」 『何ですか?ニア』 無遠慮に肘に絡みついてくる腕は、ミサを思い出させる。 付きまとわれていた時はあれ程鬱陶しかったのに、 一瞬懐かしさを覚えてしまって軽く自己嫌悪に陥った。 「私は、夜神と寝ました」 「!」 『……』 モニタの中のLが、目を見開く。 僕も、表情を変えないように心がけながらも内心は驚いていた。 「キラなのに、あなたよりずっと優しく、セックスと言う物を 教えてくれました」 「ちょ、え?」 あなたよりって、え?寝たのか? Lとニアが? まさか! 僕は今度こそ目を剥いてニアを見つめてしまった。 「ニア、おまえ、Lに……」 「二度と訊くなと言ったでしょう」 『夜神くん。本当ですか?』 いや、こちらこそ本当ですかと訊きたいくらいだが。 ニアは、僕の寝間着の袖をぎゅっと掴み、カメラを睨んでいる。 僕は瞬時迷って、その肩を抱き寄せた。 Lは、モニタの中で一瞬SMAWを構えかけたが、すぐに下ろす。 『……まあ、私を抱けたくらいですからニアも抱けるでしょうね』 「おまえこそ、コイツに何をしたんだ」 『少し人体実験に協力して貰っただけです』 自分の後継者に、何かsexual harassmentをした訳だ。 本当に、道徳とか常識とか、その類のものが全部欠けた奴だな……。 だがそこでニアが、何故かニヤッと笑った。 僕の影にいるせいか、口を開くと中がやけに赤黒い。 「L。怒りましたか?」 『何がですか』 「あなたが死ぬほど執着する、キラを私が盗ったからです」
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