荒城の月 8 何事もなく一日が過ぎ、また夜が来る。 部屋に帰り、シャワーを浴びた後先に横たわると、 ニアは立ったまま暫く僕を見つめた後、ベッドに浅く腰掛けた。 「どうした?」 「いえ。昨日の事を思い出していました」 「ああ、続きをしようか」 「よく考えたら、ああいうのをsexual harassmentと言うのではないかと」 「嫌なら尻尾を巻いて逃げ出せよ。この手錠を外して」 「誰もそんな事は言っていないでしょう」 ニアは足をマットレスに上げ、どすん、と横たわった。 「続きを、どうぞ」 「昨日はどこまで行ったっけ?」 ニアは、わざとらしい、とでも言いたげに眉を顰めて こめかみ辺りの髪を指で巻いて引っ張った。 「……私にキスをしてペニスに触れました」 「そうそう、まだ触っただけだったな」 ニアに見せる為に舌なめずりしてやろうかと一瞬思ったが、 後に自己嫌悪に陥りそうなので自重する。 「じゃあ続けよう。 そうだな、鳩尾を舐めながら……ゆっくりと手を上下して扱こうか」 「昨日も思いましたが、男の肌を舐めるのに抵抗はないんですか?」 「あるよ」 「……」 「ところでおまえのって先はどうなってたっけ?」 「はい?」 「シャワーの時見なかったから。剥けてる?それとも包茎?」 「……本番でのお楽しみです」 どう考えても僕の方が非常識な、引かれても仕方が無い事を言っているのに 律儀に、強気に応えてくる。 Lもそうだったが、ニアも他人と関わる機会が極端に少なそうだ。 だから相手やシチュエーションによって変動する、冗談と無礼の境目が 把握できないのだろう。 一般人が社会との関わりの中で自然に身に着けている事が、 「世界の切り札」には理解できない。 それが妙に可笑しかった。 「そう。剥けてたら、食べてやるよ」 「……」 「鳩尾から下がって、へそにキスして、」 具体的に描写してやると、ニアは喉の奥で小さく呻いた。 この僕が男のペニスを舐めるなんて絶対にあり得ないが、 こいつは包茎なんじゃないかという気が何となくしたので、遊ぶ事にする。 「そのまま陰茎を舐め上げた後、亀頭を舌先で、」 「あの、」 「何」 「……いえ。何でもありません」 ニアが遂に音を上げたかと思ったが、耐えるように目を閉じた。 もう少し楽しめそうだ。 「ソフトクリーム、舐めたことある?」 「あります」 「じゃあ、自分のペニスがソフトクリームだと想像して」 「……」 「僕が、そのソフトクリームを舐める。 根元を持って、クリームが垂れないように色々な角度から」 「……」 「下から上まで、何度も丹念に舐めて、十分に硬くなったら……」 ニアは両膝を立て、自分の左手で右手の腕を掴んだ。 手錠の鎖が、ちゃら、と軽い音を立てる。 「口に含む。バナナを食べるように」 「……」 「本当に噛んだりはしないから、心配しなくていいよ」 毛布を被りなおして体ごと右を向くと、枕の上でこちらに顔を向けていたニアが 目を開いた。 すぐに目を逸らし、それを取り繕うように早口で囁く。 「その、私は……言っていませんでしたが、私は、 性的な情報に晒されることに慣れていません」 「そうだと思ったから優しくしてる」 「……」 「自分を破滅させた男と大人しく暮らして、しかも懇切丁寧に 房術指南までするなんて僕はかなり器が大きいと思わないか?」 おどけて言うと、ニアも口の両端を上げた。 話が性的な内容から逸れて一息ついたのだろう。 「……確かに、私は本来なら殺されても仕方がないと思います」 「……」 「あなたがもっと単細胞なら、ですが」 「へえ。僕の頭脳を信じてくれていると思って良いのか?」 「そうですね……ある意味、そうかも知れません。 今自分でも驚きましたが」 「あまり簡単に人を信じるものじゃないよ」 そう言っていきなりニアの方に転がり、その細い首に手を掛けた。 ニアは今回は瞬きもせずにじっと僕を見上げて来る。 「今、おまえを……首を絞めて殺しても良いと本気で思う。 どうせ僕の命も長くないんだから」 「あなたは、そんな事はしません」 「分からないよ。あのLを抱いたのだって、自棄になってたからだ」 「……」 「本当に、人は死が近づくと自由になるんだな。 今は自分が馬鹿だって認めても良いよ」 嘘だけど。 昨日の朝までは本当に死が近いと思っていたから自棄にもなったが 今は違う。 おまえが僕をLに対する盾にすると言うのなら、 Lとおまえが対立している限り、僕は殺されない。 だから僕はおまえを懐柔し、操って生き残る。 いつの間にか、おまえの方が、僕の盾になるんだよ。 「あなたは、馬鹿なんかじゃありません。 Lや私を貶めるような事を言わないで下さい」 「はははっ。ああ、僕は自分が馬鹿だなんて、微塵も思っていない。 キラの裁きが間違えていたともね」 首から手を離し、パジャマのボタンを指先で撫でると ニアは身震いした。 「まだ……襲わないと言った筈です」 「そうだったね。なら、続きをしようか」 首筋を、喉を、鎖骨の辺りを、触れるか触れないかといった軽さで そっと撫で、ニアが一々呼吸を乱すのを楽しみながら、 言葉を続けた。 「僕は、おまえのペニスを口に含んで何度も吸う。 キラに口でされてイくなんて無理だと思うだろうが、」 「無理です。実際」 「肉体は思うほど精神の言う事を聞いてくれないものだよ。 それどころか、何万もの命を奪ったキラが、自分の足の間に額づいて 自分のペニスに奉仕している、と考えるだけで、おまえは」 「キラ!」 ニアは突然、鋭い声を出して自分の喉に触れていた僕の手首を掴んだ。
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